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□きぃ。
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「だから、俺もよく知らないんだって。」
 ルフィが言うには、昨夜の夜中にトイレに行きたくなり、暗い船内は相変わらずに怖かったのでと(笑) 保護者を叩き起こしてついて来てもらった船尾の廊下でたまたま遭遇したのだそうで。明るい朝が来たらばこっちのもの、今度は一人で先に起き出して甲板へと出かかったところが、ちゅぅい・ちきぃという鳴き声に呼ばれて、再びのご対面と相成ったらしい。
「勝手に潜り込んでたってか?」
「そういや崖の上に森があるしな。」
 人目につかない入江深くに船を着けた彼らだったが、上陸の際に渡った岩場と反対側、巨大な衝立(ついたて)のように入り江を隠してくれている切り立った崖の上には、色濃い緑が風に揺れては潮騒に似た木葉擦れの音をさわさわと響かせている。大方そこに住んでる生き物が何かの拍子に岩崖を渡ってやって来ていたというところなのだろう。人間が近寄るのは難しいだろうが、こんな風に小さな、樹上生活タイプの動物になら、案外と簡単に渡って来られるものなのかも。

「…で、何者さんなのかしら。この子。」

 ナミがクッキーを片手に"毛玉"をあやしながら口を開いた。やはり後足で立ち上がり、小さな両手でナミが差し出しているクッキーに"掴まり立ち"してポリポリと食べている様は、何とも言えぬ愛嬌に満ちて愛らしい。
「う〜ん。顔立ちはネズミやリスっぽいけど、それにしちゃあ大きいよな。」
 姿はそちらに似ているが大きさは違う。生まれて数日は経っている仔犬ほどもあろうかというくらいなので、
「でもフェレットやイタチって感じじゃないわよね。」
 ずんぐりと寸足らずな体型は、ころころ丸くて可愛らしい。
「あれじゃねぇのか? むささびとかいう…。」
「ああ、木から木へ飛び渡る。」
 黒っぽい褐色のふかふかの毛並みで、後足で立って見せもする。どこか人懐っこいちょこまかした仕草も、黒々と濡れたつぶらな瞳も愛らしく、だが、ちょっと見かけない種のお客様であり、

「チョッパー、心辺りはないの?」
「うん。俺の知らない生き物だ。」

 ドラムという極寒の島から広い海原へ旅立ったばかりのトナカイドクターは、だが、勉強熱心で好奇心も旺盛だったため、故郷にいたものに限らず、大概の生き物のことは熟知している。彼にしてみれば人も獣も命は命。しかもその上、悪魔の実でどちらの立場にも通じる身となった彼であるがため、生態境界線とでもいうのか、両者の区別をするための"一線"は引きにくいのかもしれない。

「ロビンは?」

 こちらも知恵者で博学、グランドラインにもかなり詳しいだろうニコ=ロビンへと訊いてみたが、彼女も伏し目がちになって首を横に振るばかり。
「私は歴史や考古学が専門だから断定までは出来ないけれど。でも、こんなに愛らしい姿をしている人懐っこい生き物、あちらこちらに沢山いるなら、かなり有名な愛玩動物として広まっている筈だわ。」
 であろうにも関わらず、彼女もまた、今初めて見たらしい。そんなやり取りに続けて、

「それに…。」

 チョッパーが言葉を継いだ。

「それに?」
「こいつの言葉、俺には分かんないんだ。」
「…あら。」

 さして鳴かない動物でも、それならそれでと、耳や尻尾を動かしたり仕草の中で"意志疎通"に必要な信号を出すもの。そういうものを拾えるチョッパーは、獣も鳥も関係なく、相手が考えてること、告げたいとしていることを読み取れるのだが、時折"きぃっ"と、鳴いているのだか呼吸音なのだか、短い小さな声を洩らすだけのこの生き物、何を言いたいのだか何を思っているのだか、チョッパーにはさっぱり分からないらしい。


 ル「そういや、チョッパーって、
   魚の言葉は分かるのかな?」
 ゾ「それは無理だろう。」
 ル「クンフージュゴンの言葉は
   分かってたぞ?」

   初対面だったのにね。(笑)

 サ「でもあいつらは
   一応は哺乳類だったし、
   知能も高いって言われてるし。」
 ウ「第一、魚に意志ってあるのか?」

   どうなんでしょうね、その辺り。

 ル「じゃあさ、じゃあさ、
   カブトムシとかは?」
 サ「…う。」

 途端に約一名、昆虫が苦手な手合いが眉をひそめる。でもさ、シェフ殿ってば、エビとかカニとかきっちり捌いて調理出来るんだろうに、どう違うんだろう。………あ、そうか。筆者もエビの殻は剥けるけど、イモムシやゴキブリは嫌いだもんな。うんうん、そっちつながりか。(笑)

 ゾ「そもそも虫とかトカゲとかに、
   気持ちや感情ってあるもんなのか?」

   「…う〜ん。」×@


 輪になって小首を傾げる男性陣へ、
「ほらほら、脱線しない。」
 ナミが話の軌道を修正する。(笑) そして、
「でもま、何にせよ、お帰りいただくしかないわね。」
 そうと付け足したから、

  「え〜〜〜〜〜?」×@'

 途端に、まるで"自分たちでちゃんと世話するから。お母さん、飼っても良いでしょ?"とおねだりする子供達のような声が複数上がって、
「…あのね。」
 ナミは呆れたように苦笑して見せた。

「誰が"お母さん"なのよ。」
「おいおい、そっちかい。」

 ウソップが突っ込みを入れてから、(笑)
「じゃなくって。無理なものは仕方がないでしょう?」
「何で"無理"なんだよ。」
 嵩(かさ)張ったり気難しくて短気だったり、大騒ぎしたり無茶苦茶食ったりする問題児だらけなクルーの面々に比べたら。まあ…食糧庫を荒らしはしたものの、ちゃんと躾ければ良いことだし。こんなに小さな動物の1匹くらい仲間?に加えても支障なかろうと思っていたらしかったルフィの反駁に、

「い〜い? チョッパーにもロビンにも心当たりがないというからには、この子はね、この土地この島にしかいない生き物に違いないの。」

 ナミは細かい説明を繰り出すことにした。
「町の人たちの話や暮らしぶりからして、ここはそりゃあ穏やかな気候の土地らしいの。一年を通じて寒暖の差も余りないし、地震だの嵐だのも滅多にないって。しかも、そういう穏やかな土地だってところから"公的保養地"に指定されてもいる。だから自然への無茶無体な開発の予定はずっとない。そんな土地にしか住んでないよな子が、天候も気温も目まぐるしく変わるような他の海域や土地で耐えられる保証はないわ。」
 ご当人の?きょとんと、まるで小首を傾げているようにさえ見える、愛嬌たっぷりな仕草へはナミもついつい微笑みながら、だが、
「せめて犬とか猫とか分かりやすい生き物だとか、頼みのチョッパーがその場その場で話を聞けるならともかく、まるきり何も判らないと来ているもの。この環境の定まらないグランドラインの航海に連れてくのは,この子にとって可哀想なことなのよ?」
 ナミはきっぱりと言い、
「ちぇ〜〜〜。」
 不平を鳴らしたルフィとて、彼女の言う理屈は判るらしくて、肩を落とすと何とか諦めた模様。切り替えの早い船長殿は、
「じゃあ、明日の出港までは此処にいろな。」
 ひょいっと、脇に手を入れて抱え上げた"毛玉むくむく"へ話しかける。
「その間のお前の名前は"きぃ"だ。」
「"きぃ"?」
 実に嬉しそうに命名したルフィであり、
「きぃって鳴くからだ。」
 少しばかり甲高い、鳥や秋の虫の奏でる『ちゅぅ〜ぃっ』という語尾上がりな声にも聞こえるような鳴き方。
「"きぃ"か。」
「可愛い名前だな。」
「ナミに変な名前つけられるよかマシだよな。」
「なぁ〜んですって、ウソップ。」
 すかさず伸ばされた撓やかな白い指が、容赦なく狙撃手の頬をつねり上げたが、
「ラッエ、ホンロロオロラローラ。(だって、ホントのことだろうが。)」
 そうでしたね、マツゲとかハサミとか…。指し詰め、この子だったら"毛玉"かな? 一方で、周囲のそういうごちゃごちゃにももはや目もくれず、
「行くぜ、きぃ。」
 片方の腕で軽々と抱っこして、
「あ…っ。」
「ちょっと、ルフィ?」
 皆が何かしら声をかける間もあらばこそ、甲板へと飛び出して行くルフィだったりする。すっかりお気に入りなんだねぇ。ブックマークはつけたかい?
「またそういうややこしいネタを振る。」
 そんな彼を見送って、だが、
「…飯がまだなのに騒がねぇとは、こりゃよほど気に入ったようだな。」
 サンジが呆れたと言わんばかりに肩を竦すくめた。そう。朝一番の大騒ぎとそれから続いた"査問会"のせいで、エプロンこそ身につけているものの、サンジはまだ何ひとつ朝食の類のものを供してはいない。一応、鍋にはパスタとキャベツとハムのコンソメスープが仕上がりかかっているし、オーブンにはロレーヌ風のベーコンエッグ。流しのボウルには、秘密の菜園生まれのトマトとキュウリの角切りサラダ・ドレッシング和えが出来つつあったが、それらに見向きもしないで飛び出して行ったルフィだったのがたいそう意外だったらしい。苦笑するシェフ殿へ、
「それもだけど、他のところでも珍しいわよね。」
 ナミがやはりくすくすと、目許を柔らかく細めて笑いながら付け足した。
「はい?」
「だって、チョッパーに初めて逢った時は"食い物"って言って追いかけたのよ、ルフィってば。」
 そういやそうでしたかね。
「そうだぞ。ビックリしたぞ、あん時は。」
 当の本人も思い出したらしくて、小さな船医殿が"えっえっえっvv"と愉快そうに笑った傍ら、
「あん時は腹が減ってましたからね。」
 サンジもまた当時を思い出したらしく、再び苦笑して見せるが…そういやあんたも以下同文だったわね、サンジさん。(笑) そんな彼らに、
「食用に見えんのだろうさ。」
 すっぱり言ったのがゾロで、
「確かに見かけは小さいし、非力そうでいたいけないが、何か…得体の知れないものみたいだからな。」
「あらあら、ルフィが夢中だからって焼き餅なの?」
「ば…っ、そんなんじゃねぇよっ!」
 焦った口調で突き放すように言い返す剣豪だったが、
「どうだかねぇ。」
 サンジまでもがにやにやと何かしら含むもののありそうな雰囲気で笑って見せ、
「そういや、ドラムの冬島海域にいた間、ルフィがしばらくはチョッパーを抱き枕にしてたの、詰まらなかったんじゃないの?」
 ナミが追い打ちをかけるものだから、
「てめぇらっ!」
 この二人に口で勝てるのか、あんた。(笑) ごちゃごちゃと言い合う彼らを見やって、
"可愛らしいこと。"
 ロビンが愛惜しげに小さく微笑って見せる。まま確かに、聞きようによっては…思春期初期の純情な中学生みたいな応酬ですもんね。(笑)





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