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□風のある風景
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 思い出すのは屈託なく元気な子供。風車のある海沿いの小さな村を仮の本拠とし、一時的に滞在していた海賊たちを、最初からまるきり怖がりもせず、彼らの集う酒場に毎日入り浸っては、冒険談をせがんだり良いようにからかわれてはむくれたりと、マスコットのように可愛がられていたのがルフィだった。海の荒くれ共とはいえ、陽気で気のいい彼らであればこその懐きようでもあったのかも知れないが、中でも、威厳というものの匂いさえしない、若くて気さくな頭目殿には、まるで年の離れた兄弟のように傍若無人なまでの懐きようを示していた彼だった。そして、

 「なあ、シャンクス。
  俺も航海に連れてってくれよ。」

 二言目にはいつもこうとねだった。日々馬鹿騒ぎに興じてばかりいる彼らのお気楽さにだけ惹かれた訳でもないらしく、海に出たいのか海賊に憧れていたのか、それは熱心な執着ぶりで。

『お前なんかにゃ無理無理』

とからかおうが、

『どんだけ危険か判ってんのか』

と珍しく邪険に叱ろうが、その姿勢は揺るぎなくって。さしものシャンクスでさえ、しまいには話半分にあしらうことで通したほどの頑迷なご執心ぶり。時には自分がどれほど強くて度胸があるのかを示そうと、一生懸命にあれこれ披露もしてくれて。逆立ちがどのくらい出来るかだの、リンゴを一遍に幾つ持てるかだのといった他愛のないことから、剣に見立てた棒を器用にクルクル回して見せようとして自分の額にぶつけたり、沢山水が飲めるぞと妙なことを頑張って腹をこわしたりと、健気なんだかどうなんだか、海賊たちのいい玩具になっていたりもして。さすがに…ナイフで自分の顔に傷をつけた時は、平静を装いながらもいい気分はせず、あらためて"そんな馬鹿なことは度胸なんかじゃない"とクギを刺しておいたが、

「俺は遊び半分なんかじゃないぞ!」

 どう説得すれば諦めてくれるのやら、ほとほと困ったと眉を下げて苦笑したシャンクスでもあった。



    ◇◇


 「………。」

 沖からの潮風にくたびれた黒マントが揺れる。めくれ上がるほどではなかったが、背後になびいたせいでマント越しに彼の体の線を一瞬浮き上がらせ、微妙に左右が対称ではない肩の幅が、傍で付き合って座っていたベンの眸にも明らかになった。山賊に攫われ、海へと投げ出され、海王類にあわや丸呑みにされかかったルフィを庇って喰い千切られた左腕。鬼神のような眼光一瞥で凶暴巨大な海王類を追い払い、

 『安いもんだ、腕の一本くらい。
  無事でよかった。』

 大切な"友達"であるルフィの生命が救えたのだからと笑った彼を、自分も他の配下の者たちもあらためて誇りに思った。彼の左腕なら幾らでも代わりが居ると、自分たちのことを"それだ"と示せた。そんな彼が、

 「妙なもんだな。」

 ぽつりと呟く。

「こうなってみると、あの時、一緒に連れ出してやりゃあ良かったのかもなって思えてもくる。」
 十年待てと言ったのは、言葉通り"まだまだ子供だったから"という理由からではあったが、もう一つの…こちらこそ重要な意味もあった。
「十年待ってる間に少しでも大人になって、夢みたいなことを思い詰めてたなって、考え直してくれやしないか。…そう思ってたんでしょう?」
 ベンの言葉にため息をつき、
「…相変わらずやな奴だな、お前。」
 鼻先で笑って、だが、少しばかり眸を伏せる。
「まあな。板子一枚下は地獄っていうロクでもない場所だし、誰にも褒められやしないロクでもない稼業だ。」
 無論、自分が選んだ道であり、それなりの誇りだってある。だが、それとこれとは話が別だ。大人でも眉を顰ひそめるほど、危険で乱雑で、時に狡猾で汚いところへ、あの無邪気で無垢な子供をかかわらせたくはなかった。単なる夢物語の"冒険"にワクワクするだけで過ごして、子供時代のちょっと奇妙な体験として片付けてほしかった。
「だのに、ルフィの考えは変わらなかった。」
 現にこうして…お尋ね者になった事で健在ぶりを自分たちに示して見せた彼だ。くすんと笑い、ベンが言葉を続ける。
「きっと、体を鍛えたりしながら、じりじりと約束の十年が過ぎるのを待ってたんでしょうよね。」
 沖合いの海面に、ガラスの欠片を蒔いたような細やかな光がちらちらと躍っている。一際強い風がその辺りから渡って来るのだろう、その予兆に見えた。
「海へ漕ぎ出したとなると、いっそ傍に置いてた方が安心出来たのに。そう思ってんですか?」
「………。」
 ざんっと音を立てて、周囲の草を薙ぎながら強い風が吹き抜ける。頭目殿の赤い髪を、黒いマントを大きくあおって吹き抜けたそれは、シャンクスの体を真っ向から一気に突き抜けて。さながら…今にも目の前に現れかねない、彼かの少年の投げかけて来た、遠い呼び声のようでもあった。その只中にあって、瞬ぎもせず佇んでいたシャンクスは、ややあって、

「…甘いかな。」

 ベンが並べた言葉を否定せず、そんな呟きをぽつりと洩らす。突風に縒よれてシワの寄った触れ書き。じっと眸を落としていたそれだったが、ふと、風の中に手を放す。一旦は彼の胸板に張りついて、それから…ハタハタと震えながら横手へ滑り、そのまま風に乗って後方へと舞い上がって、あっと言う間に何処かの彼方へ飛んでいってしまった。
「………。」
 こちらからこそ、十年の間中も忘れたことのない愛しい子供。彼には彼なりの野望があって、それを胸に海へと漕ぎ出して来たのだろうが、十年経っても自分との約束を忘れていなかった証拠のように、誓いの帽子を頭に乗っけていた晴れやかな笑顔が、今の自分にはともすれば切なくて。

 "………。"

 信念を貫いて海賊への道を選んだルフィ。もう小さな子供ではないのだろう彼と再会した時に、果たして自分はどんな顔をすれば良いのだろうか。
「…グランドラインへも来るな、こりゃあ。」
「そうですね。何せ、海賊王になるんだって言ってましたからね。」
 副長の事務的な言いようにくつくつと笑い、
「会えるのが楽しみだな、こりゃあ。」
 おもむろに眸を上げると、先程まで眺めていた手配書に負けぬほど、晴れやかに笑った顔を、陽射しと風とにさらしたシャンクスである。


 おまけ<<

「ルフィの仲間には、結構な布陣が揃ってるようですぜ。」
「んん?」
「あの、海賊狩りのロロノア=ゾロっていう凄腕もいるらしい。」
「何でそんなこと知ってんだ? お前。」
「さっきの触れ書きに書いてありました。」
「ああ、しまったっっ! そこまでちゃんと読んでねぇっ!!」
「判りました、判りました。後でどこかで手に入れますから落ち着いて。」
「そっか、手に入るか。」
「これを機に、少しはしっかりして下さいね。
 会った時にただの飲んだくれじゃあ、みっともないですよ。
 ルフィにまで恥をかかせることになる。」
「…お前、ホンっトに言いたいこと言う奴だよな。」


    〜Fine〜

    01.11.1.〜11.2.


アーロンパーク篇の大暴れで、
初めてルフィに賞金がついた折のお話ですね。
そして、シャンクス(& ベン)初書きです。
ルフィだけじゃなく、
シャンクスの側も
とんでもない位置へ駆け上がってる訳で。
しかも、
今の今、物凄い展開を見せてる本誌ですので、
こんな暢気なこと書いていたとはと、
恥ずかしさも倍増です。



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