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□甘いの 辛いの
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 傍目から見ればしっかり漫才のようなやり取りをしつつの"朝のお茶"も終わり、トレイへ茶器や皿を重ねているサンジの傍ら。あれほど美味しかったケーキを食べた直後だというのに、さっそくシュガーポットの蓋を開けているルフィである。
「ん〜と。」
 何げなくつまんだ1つ。包みを解いて、そのままパクッと食べた水色のキャンディ。ところが、

「ん〜〜〜っ!」

 不意に妙な声を上げると、さあもう一眠りしようかい…と寝転びかけていたゾロの着ているシャツを、しきりと引っ張り始めるルフィだったりする。
「どした?」
「こえ…かあいよぉ。」
 ………字に起こすと判りにくくなっちゃったので通訳すると、これ、辛いよぉと泣きそうな顔になっている船長さんなのである。彼の言う"これ"とは、口の中のキャンディのことだろう。舌の上からあまり動かしたくないらしく、それで言葉が不自然に固まっているのだ。
「辛い〜?」
 言われたゾロは、座り直しながらも目許を眇めた。飴は甘いものではなかったか? と、そういう固定観念からの妥当な反応。一方、ポットの中身をトレイに空け、サンジが他のを確かめた。色別に1つ1つを鼻先へ近づけて、
「ははぁ〜ん。ハッカだな。」
 一番少なく入っていたブルーだけが、甘くはないキャンディだったらしい。こういう詰め合わせものには大概入っているものだが、仄かにひりっとする爽やかな辛さが、ルフィには我慢出来ない味だったのだろう。火種でもくわえ込んだように、
「ん〜、ん〜っ!」
 何とかしてくれと言いたげに逼迫の様相を示す彼を見かねて、
「食えねぇなら捨てちまえよ。ほら。」
 口の前へ手のひらを広げてやりながらゾロはそう言うが、ルフィはちらちらとサンジの方を見やっている。サンジの側でもそれには既とうに気づいていたらしく、
「そうだよなぁ。俺が見てる前じゃあ、食いもん粗末には出来ねぇよな?」
 面白そうに…ちょっと意地悪く笑って見せるから、ああそうか、一旦口に入れたものは毒でもない限りちゃんと食べなさいという躾をされてるのね。まあ、大概のものは食べちゃう人だし、これまでは支障がなかったんだろうが。
「ん〜…。」
 差別なく出て来た唾液が、辛みを口の中へ広げつつあるのだろう。どうしよう…という涙目にまでなっているのを見かねて、
「しゃあねぇな。…ほら。」
 少しばかり腰を上げたゾロが何をどうするのかと思いきや、すっと横合いから顔を近づけて、ルフィの顔を隠すようにかぶさると、

 「ん…。」

 数刻後。
「…なんだ、そんな言うほど辛くねぇじゃねぇか。」
 自分の口の中で転がしたキャンディへそんな感想を述べつつ、新たにセロファンを解いてやった…今度は苺味らしいピンクのキャンディを、ルフィの口へ口直しにと放り込んでやる。だが、
「辛かったよぉ。」
 まだ涙目なままで抗議しつつ、ルフィはキャンディの大きさ以上に頬を膨らませている。成程、甘さと辛さという味の基準に、凄まじいまでの格差がある二人であるらしい。……………で、
「お前らなぁ…。」
 ほんの数十センチほどしか距離のなかったすぐ目の前で、それはそれはエライことをやってくれた彼らに、大概のことには動じないコック氏が、顔近くまで上げた拳をぐっと握ってふるふると震わせて見せる。手は料理人の命な筈の彼が"殴ってやりたい"と感じたらしいとは、これはかなり複雑な感慨が沸いたものと察せられ、
「んん? サンジも食うか?」
「いらねぇよっ!」
 トレイから問題のキャンディをポットへざっと戻してカップを載せ直し、がちゃがちゃと音を立てさせて茶器を抱え、キッチンへと帰ってゆく。その細身の背中を見送って、
「??? 何怒ってんだ? サンジ。」
 ただただキョトンとしているルフィと違って、
「さあな。」
 曖昧な言い方をしつつも、どこか余裕でくつくつと喉を鳴らすように笑ってるトコロを見ると、さすがに剣豪殿には"判って"いるらしい様子。差し詰め、さっきのお説教へのささやかな敵討ちというところだろう。それにしても…う〜ん。甘いもの、いけるじゃないですか、ゾロさんたら♪(ふふふのふ♪)
「これ、俺は食えねぇからやる。」
 ルフィから差し出されたのは、全部水色のキャンディだ。そんなに数はなく、ルフィの手では両手がかりだったが、
「判った、判った。」
 受け取ったゾロには片手でも余ったほんの7、8個。青みを帯びた真珠のような飴玉たちを眺めながら、
"直接食べる分には、甘さも減るんだろうな。"
だとか、
"こういう甘さだったら、ちっとは歓迎なんだがな。"
と、まだ言うか剣豪…なことを思いつつ、ポケット代わりの腹巻きの折り返しへすべり込ませる。忘れないうちに食べなさいよ? それ。でないと、取り返しがつかないことになっちゃうからね? 一方、
「あ〜あ、ケーキの味が吹っ飛んじまった。」
 背伸びをしながら両腕を天へと思い切り突き上げて、ルフィはそのままぱったんと背後へ倒れ込む。そこには、先に横になってたゾロの胴があって、
「…人を枕の代わりにすんじゃねぇよ。」
 真横から倒れ込んで来られて、腹と胸を半分ずつ下敷きにされたことへ不平を鳴らした剣豪へ、ルフィは横へ…ゾロの顔の方を向くように寝返りを打って、
「いいじゃん。今日は朝から昼寝につき合ってやるからさ。」
 にっぱり笑ってなんとも現金なことを言う。屈託のない顔でいながらも、さっきの小さな?キスが多少は尾を引いているのかもしれない。無邪気な笑顔へくすぐったげに笑い返すと…さすがに腹に当たって邪魔な麦ワラ帽子は脱いでもらって腕に抱えさせ、そのまま"お昼寝・午前の部"へ入る。今日も今日とて、のどかな海上の彼らにはコトも無し。あったとしても容易くねじ伏せてしまえる獅子たちが、今はくうくうと午睡中。そんな彼らをキッチンの窓から眺めやり、今日も朝から一本取られたコック殿が、半ば呆れて苦笑する。
"…よぉし。昼飯は超弩級の甘口カレーにしてやろう。"
 こらこら、食べ物で仕返しするとは根の暗いことを………。


   〜Fine〜

    01.9.26.



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