■ルフィ親分捕物帖


□狐にあぶらげ攫われる?
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 ここ、グランド・ジパングは、さほどに目を見張るほどもの先進の藩ではないながら、それでも 気のいい人々が幸せに暮らす、長閑で豊かなお国であり。そんなお国柄のせいでか、季節の折々には何かしらにかこつけて催されるお祭りが多いこと多いこと。まだ桜の満開には早いけれど、何の、だったらその前の初午を祝おうと、朝から神楽や祭り囃子が鳴り響く中、神社では愛らしい稚児たちが精一杯に着飾っての行列を作って繰り出して、一生懸命練習した舞いを奉納し。花を飾った山車が町内毎に曳き出され、境内には縁日の出店が紅白の幕を背にずらずらと並び…と、春を前に否が応にもウキウキと気分が盛り上がること請け合いで。

 「〜〜〜♪」

 そんな賑わいに沸く境内を、その手へ緋色に白に緑という三色の花見団子を…花束もかくやという本数、器用にも束ねて握りしめ。鼻歌交じりに雑踏の中を泳ぐようにして歩いていたのは誰あろう、此処、グランド・ジパング名物の岡っ引き、ルフィ親分ではあるまいか。赤い格子の着物を裾をからげての尻はしょり、足元を引き締めるは少々洗い晒した紺パッチ…というお決まりな姿もなかなか決まった、まだお若い親分さんだが、先代からの名跡を継いでからまだそうそう日も経ってはないというのに、それはお元気な活躍により、悪党共を一網打尽に打ち捕りし手柄には枚挙の暇がないという凄腕で。ゴムゴムの実を食べて得た能力を生かし、腕や脚がぐんぐんと伸びては強烈な拳を振るったり、逃げる相手を十数人ほどもまとめて搦め捕ったり。何とも奇抜な捕り物で、グランド・ジパングの平和を守っておいでの人気者だ。先だっても、着物の袂や懐ろを切るという乱暴な手口のスリ一味を、根こそぎ取っ捕まえた大手柄へと、藩主コブラ様からご褒美をいただいたばかり。

“けどよ、
 ナミんトコであらかた
 “ツケの支払いに”って
 没収されちまったがな。”

 まま、金子で持ってたって結局は食べ物に変身させてしまうのがオチな、食いしん坊な親分なのには違いなく。今だって、差配違いの神社の境内、何か起きたところで管轄は違うのだが、それでも見回りと称して歩き回ってる彼のお目当ては、はっきり言って…お手柄へのネタではなく、縁日の食物屋と来ているから世話はない。菜の花の浅漬けを混ぜ込んだ菜花飯のおむすびや、木芽和えの味噌を塗った田楽、糖みつの利いた干しアンズに、甘い匂いを振り撒きながら焼かれてるせんべえ、串に刺したお団子と。ああもうっ、口が空席になる間がねぇじゃんかっと、お務めもそこそこに存分に楽しんでいるご様子な親分だったりしたのだが、

 “あれ?”

 屋台と屋台の狭間から、ちらりと気になるものが見えた…ような気がして。鼻歌交じりの浮かれた足取りで通り過ぎかかってたところ、何だったのかなと確かめるべく、そのまんまの巻き戻し歩調にて後戻りをしてみれば。

 “………あ。”

 屋台に並べる商品やら食べ物やら、その補充や支度用のあれやこれやを積み上げた、いわゆる舞台裏を隠すことも兼ねた紅白の幕の陰。そろそろほころび始めてた桜の樹の幹に凭れるようにして立っている、結構な美人の姐さんがいて。年の頃はもういい年増といったところか。…あ、こないだのお話にも出て来た、この“年増”というのは、今現在の世で使われている“中年女性”という意味とはずんと違いますのでご注意を。平均寿命も違えば女性の適齢期だって違った江戸時代、二十歳を越すともう 女性は“年増”と呼ばれており。とはいえ、主には…その年頃なのに正式な結婚もしないで常磐津の師匠なんぞやってる色っぽい熟女への、好奇心や賛美を込めた熱視線を搦めもって“いい年増”という使われ方をしたのだそうな。で、そんな嬋っぽいお姐さんが、人の目を避けるかのようにそんなところで、意味深な笑みを浮かべつつ、誰かと向かい合っていたのだが。

 “あれって…。”

 まんじゅう笠で顔を隠していたっても、がっつり張った肩や筋肉質な二の腕、笠の縁を摘まんでる手の大きさなんかで、すぐにも誰かが判ってしまう親分さんだったりし。

“ゾロじゃんか。”

 お手配の人相書はなかなか覚えないくせに、こっちには背中を向けてる墨染めの雲水姿の誰かさんを、きっちりと見分けている現金さよ。咥えてた団子を、無意識のままに むぎゅむぎゅ・もぐもぐと、串から齧っては食べ、齧っては食べしていたものが、串だけになってもガジガジと齧り続けてしまったくらいの、心ここにあらず状態であり。そんなところへ、

 「…っと、ごめんよ。」

 すれ違いざまにぶつかった若い衆があって、懐ろから巾着を掠め取って行ったそのまま…実は帽子の提げ紐とも繋がっていたんですよな代物だったので。強引に引っ張られ、ゴムの弾力にて首ごと持ってかれそうになり、視界がいきなり横になったことで初めてハッとし、

「…何してやがんだよっ。」
「あわわ。」

 人が思わぬ放心状態になってたところにつけ込みやがってと、ちょっとばかり勝手なプレミアまでつけてのお怒りから、巾着の紐を引っ張り戻して手元へと引き寄せたスリ野郎。財布から手を放させると、ぐぐんとその拳を背後のかなり後方へと引いて引いて引いてから、

「ゴムゴムのピストルっ!」

 ばちこーんっと殴り飛ばしたは、境内の端っこに設けられてあった警邏の詰め所へまで。どこぞかの三十三間堂での射弓の儀式もこんなではというほどもの遠距離射撃だったけれど、周囲の方々も慣れたもの。親分が“ゴムゴムの〜”と構えたときは、その進行方向を空けるのがこの町の常識になっていたので、巻き込まれた被害者も出ずに済んだものの。

「…。」

 親分の方はもとより、そんなことへまで気を回している場合でもなかったらしくって。(って、おいおい)

 “…なんだよ。
  そのお姐さんって誰なんだよ。”



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