■puppy's tail


□お嫁さんだvv
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 今年の梅雨は割と"梅雨らしい雨"がよく降って。それどころか随分と大きな台風までやって来たものだから。叩きつけるような雨の音や、風に翻弄されてうねるように のたうつ木々のざわめく音に、小さな海カイくんと二人、リビングで"怖いねぇ、早くどっか行けばいいのにねぇ"と、恐ろしげに身を寄せ合ってたルフィだったのが…ゾロにはちょこっと意外で。

 『なあ、ルフィ。
  お前、台風とか苦手だったか?』

 雨が嫌いなのは知っている。毛並みが重くなるのと、雨に連なるいい思い出がないらしいから。だが、安全な家の中から風が轟々と吹きすさぶのを眺めるのはワクワクするとか言って、確か去年の秋あたりに上陸した台風にも、リビングを忙せわしなくパタパタと歩き回り、今にも外へ飛び出したいかのような様子でいたような記憶があるのだが。そんなこんなを覚えていたゾロから訊かれて、

『うっと、血が騒ぐのは一緒だよ?』

 愛らしいお顔をちょっぴり傾げるようにして、大きな瞳で見つめ返して来た奥方は、

『でもなんかね。今はちょっと違うみたい。居ても立ってもいられないほど怖いってほどじゃないんだけど。』

 でも何だか。はしゃいでる場合じゃないぞ、危険な状態だぞって思っちゃうの、と。神妙な顔で言うものだから。恐らくはきっと、母親になったため、以前よりも警戒心というものが鋭敏になってる彼なのかもしれない。今はまだ乳児のカイくんを抱えてる身だから、自分だけというお気楽な立場ではないんだぞと、本能的なところが切り替わっていて。それで危険なことへの用心深さが増しているのではなかろうか。

『…まあ、無鉄砲じゃなくなってくれると、大いに助かるけれど。』

 無邪気で腕白で、好奇心も旺盛で。いつまでも仔犬のまんまな、おきゃんな感性でいるルフィなものだから。甘えん坊だったり屈託がなかったりするのは構わないが、あまりに無警戒でしかも好奇心も強いところから、危ない事へ逆にわくわくと引き寄せられてしまうことも多々あって。お屋根に登ってみたいと駄々をこね、ゾロが出掛けたその隙に、こそ〜り登ったはいいが降りて来られなくなったということもあった。屋根裏のロフトで遊んでいて、探しに来たツタさんを驚かそうと古い長持ちの中に潜り込んだはいいが、重い蓋が何かの弾みで閉まってしまい。古さ故に頑丈だった長持ちは声さえ外へ漏らさずで、半日ほども行方不明になってたという事件だってあった身だ。落ち着いてくれるのは本当に助かるのだが…。

  「…あれ?」

 台風による凄まじいまでの風への一応の用心から、扉や雨戸、鎧戸あたりを持ってかれないようにと、あちこちを打ち付けたり、庭木を支えてたりした板切れやら棒やらを解いていたゾロが、ふと、家の中が静かだなと気がついた。これも怖かったか、何か感じたか、昨夜はあまり眠っていなかったらしいカイくんが、居間へと据えられたお昼寝用のベビーベッドですやすやと寝入っているからかとも思ったのだが、そんな簡単な静けさではないような。

「ツタさん。ルフィは?」
「あら? いらっしゃいませんか?」

 こちらは泥水で曇った窓を早速拭いていた働き者のツタさんが、問われて"あらあら"と辺りを見回した。

「今日はお三時にスフレを焼きますよって言っておきましたのに。」

 あの食いしん坊さんのことだから、焼き立てにジャスト食べなければというスフレケーキのポイントは、ちゃんと覚えてらっしゃる筈ですのに、と。ルフィを知り尽くしていればこそという、さすがは"お母様"な見解を述べて下さったツタさんであり、

 「…そうだよな。
  そんな大切なこと、
  忘れてるルフィな筈はないよな。」

 おいおい、旦那様。(苦笑) ツタさんが窓拭きを始めたくらいで、おやつの時間までにはまだ少し間がある。それでちょっとだけ、周囲を見回りに散歩に出た彼なんだろうと、ご亭主の方もあっさりと納得。もしかして…あちこちの水たまりや泥んこを撥ねまくって戻ってくるやも知れないなと、

 "風呂の準備をしといてやるかな。"

 腕白な奥さんを持ってしまったが故に、こちらさんもまた段取りを読む勘がなかなかよくなった旦那様なようでございます。(笑)





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