■puppy's tail


□カイくんのこと
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 遅い春先、やわらかな若葉としてあちこちの梢の先へと萌え出した新緑が、今ではしっかりとした張りを見せ始め、よくもこんなに種類があったものだというほどの 翠・碧・緑が辺り一面にあふれている。行ったり来たりを繰り返しながらも、季節はゆっくりと、そして着実に、春から初夏へと移行しており、昼間なぞは半袖になってちょうど良いほどという日さえある。

「それでも、
 朝早くだと まだ時々は
 羽織るものが要るけどね。」

 暁光を受けてきらきらと光る、ガラス玉みたいな朝露を含んだ茂みを故意わざとにがさがさ突っ切って来たらしく。ふかふかな毛並みのところどころを濡らして縮ませて朝のお散歩から戻って来たやんちゃな奥方が、結構な広さのあるお風呂場脇の脱衣場から一丁前な言いようをして来たのへ、

「判ってるんなら、
 ほら、ちゃんと頭を拭きな。」

「あやあや…。////////」

 洗面所でおヒゲをあたってお顔を洗ってた旦那様が…シャワーを浴びてへちょりと容積を減らした猫っ毛を見かねてだろう、新しいタオルをかぶせ、大きな手でがしがしと拭ってやっている。油断すると風邪ひくぞ、平気だもん、ツタさんが栄養たっぷりのご飯作ってくれてるから風邪なんか寄りつかないじゃない。彼なりの理屈を上手にこねるようになったのも、ある意味"成長"なのだろうか。もう良いってばと、逃げ出して来たダイニングにて、

「ツタさん、ごはんっ!」

 お元気な声を出せば、優しいお母さんがにっこりと笑ってくれる。

「はい、用意出来ておりますよ。」

 今朝はオムライスとブロッコリーの温サラダ、それとキャベツとチキンのコンソメスープ、デザートには苺と黄桃のフルーツサンドです。毎食きっちりとバランスの良いメニューを用意して下さる、しっかり者のお母さんに、小さな奥方"うわいvv"と大はしゃぎ。それから、

 「海カイくんもおはようvv」

 既に赤ちゃん用のお椅子に座って待っていた、小さな坊やの傍らへと飛んでゆき、身を屈めると、ほっぺとおでこへ軽やかにキスしてご挨拶。途端に"きゃうvv"とご機嫌そうなお声を立てて笑ってくれる可愛らしい男の子。しっとり柔らかな猫っ毛も、ふかふかなほっぺもこぼれ落ちそうな大きな琥珀の瞳も、お母さんにそっくりな愛らしいお顔や姿をした彼クンこそは、こちらのお宅の熱愛ご夫婦の間に生まれた小さな一粒種。
海のように大きな心根を持った人になりますようにとお父さんがつけてくれたお名前を"海カイくん"といい、昨年の夏7月に生まれて、ただ今10カ月目というやんちゃ盛りさんである。
大きな瞳を糸のようにきゅううと細め、ふかふかの頬をふんわり盛り上げて。小さなお口のピンクを覗かせて"にこぉvv"とご機嫌に微笑って見せると、どんなに気難しい人でもまずは相好を崩してしまい、構わずには居られないというほどに、それはそれは愛くるしいその上、すこぶるつきに愛想が良い子で。あまり愚図らず、いつも陽気で扱いやすい、それは良い子なのだとか。真っ赤と白のボーダーシャツに、淡いブラウンの柔らかい綿地のコール天のオーバーオールという"おしゃまさん"な恰好がこれまたよく似合って可愛らしい。

「コール天?
 ベッチンって言わない?」

 ベッチンは"ビロウド全般"のことでしょうよ。畝うねみたいな条を織り出してあるから、これは"コール天"って言うの。………って、人の揚げ足取りまくるとは、さては奥方、今頃"反抗期"か? 大体、それって物凄く古い言い回しだぞ。さては、ミホークさんから授かった知識だな?(今風な言い方だと、言わずもがな"コーデュロイ"が正解です。) なんて、MCへ脱線してる場合じゃないったら。

「ま〜ま、マンマ、ヴーvv」

 ロロノアさんチの王子様の小さな手に握られているのは、持ち手が輪っかになった銀のスプーンだ。まだ10ヶ月の坊やには、スプーンを摘まんでコントロールするという高度な能力などないのだが、

「"自分で"様が
 降臨あそばしてるからなぁ。」

 あはは、ゾロさんまで。うう" 夫婦そろってト書きにいちいち反応せんでよろしい。今日は出勤日ではないらしき旦那様、浅い色合いのトレーナーにGパンというラフな恰好でダイニングまでやって来ると、一粒種のカイくんのふかふかほっぺを骨太な指の先でそぉっとつついた。すると、空いていた方の手がその指をぎゅうと掴んで来て、

「う〜う〜♪」

 かわいい握手にてのご挨拶。何しろ、縮小コピーかSDキャラかというほどに、ルフィ奥さんにそっくりな坊やなだけに、

「ん〜、今日もいい子だな、カイ。」

 何をやらかしても"いい子"で片付けてしまう、お見事なまでの"親ばかカップル"が此処にいたりする。………一体誰が躾けを担当するのでしょうか。ツタさんも大変だ、こりゃ。(苦笑) 話を戻そう。
お父さんが持ち出した"自分で"様というのは、何でも自分でやってみたがることであり、子供の幼児期の成長過程のところどころに必ず現れる、言ってみれば"反抗期予備軍"のようなもの。上手とか下手という以前の段階、まだまだ出来ないだろうことでも自分の手でやってみたがり、大人が見かねて手を出すとぷいっと拗ねたりヒステリックに泣き出すことさえあるそうなので、これがなかなか手ごわいのだとか。
こちらさんの"自分で"様は、幸いそれほど激しいものではないのだが、それでも…今はお麩が食べたかったのと愚図り、ああごめんなさいと おうどんの載ったサジを引っ込めると、今食べてあげようと思ってたのに引っ込めたと怒り、自分用のお皿に描いてある淡い色のクマさんをカボチャのピューレで隠すなと泣いて、テーブルに突っ伏すという修羅場も時々はあって、さしものルフィが"泣きたいのはこっちだよう"と悲壮なお顔をするほどだから、乳幼児相手でもなかなかハードなもんである。(大変だ、お母さんて。)
今朝は幸いいつもの如くにご機嫌さんな様子であり、一応握っているスプーンで"自分で"様も満足しているのか、
「オムライスはカイくんも大好きだもんねvv」
 ふかふかとろとろの玉子と、やわらかめに仕上げたリゾット風の薄味ご飯を少しずつ。ツタさんが小さなスプーンに掬ってお口に運べば、素直にぱくんと食べて見せる。にっこにこの笑顔は、まだ季節は早いが元気なヒマワリみたいに全開の眩しさをたたえており、

「………ふや〜〜〜vv」
「こらこら、見とれてないで。」

 自分のお皿に盛られたやはりオムライスのレモン色の丘に、スプーンを不時着させたままで手を止めて、カイくんの笑顔に見とれてしまっている奥方へは。旦那様が横合いから、自分のお皿のチキンライスをスプーンで運んでやって食べさせていたりする始末。

  "相変わらずですよね♪"

 いやホントに。ツタさんの思わずの感慨通り、大人たちまでもが可愛らしいご一家です、ええvv





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