■puppy's tail


□…痛いの?
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 11月の声を聞いた途端という勢いで、山々が山頂から色づき始め、辺りの空気ががくんとその気温を下げた。ただでさえ空気の澄んだ土地だから、秋冬の到来は下界よりも早い。殊に朝の冷え込みは格別で、今年の夏は寒かったが、秋の初めは妙に暖かな日が続いたりしたものだから、この冷え込みも尚更に"突然のそれ"のようにも思えて。

 "…ううう。"

 実は立派な"毛皮"を持っている身でも、ここのところは少年の方の姿で朝を迎えているルフィにしてみれば、かえってギャップが大きいのか、

 "寒いのは苦手だよう。"

 目が覚めはしても起き出せず、ぬくぬくのお布団の中で身を縮めていたりする。布団の端から出ていたお顔を引っ込めて、つんつんと冷たくなりかかってたお鼻を擦りつけるのは…傍らにある大好きな旦那様の胸板。背が高くて、雄々しくも逞しい旦那様だから。小さなルフィには余裕ですっぽりと収まることの出来る、それはそれは居心地のいい懐ろで、温かくて良い匂いがして、大々々好きな 幸せの砦。

 "くふふvv"

 大きくて優しくて、とっても頼もしいゾロ。大好きvv 大好きvvっと、ちょこっと低めのふかふかお鼻や、マシュマロみたいに柔らかい頬をこしこしと擦りつければ、

 「…ん。」

 それが刺激になってだろうか、旦那様が小さく唸る。長い腕が両方とも奥方の小さな背中へと回されて、そのまま"きゅううっ"て抱きしめてくれて。不揃いにぱさぱさと撥ねた黒髪の中、鼻の先っちょを突っ込んで"ん〜"なんて匂いを嗅ぐとこなんか、よほど犬族みたいなことするゾロで。子供みたいなことをするゾロに"くふふっvv"って微笑いつつ、

「起きた?」
「んー。」

 平板な返事。まだ眠いのかな?

「ねえねえ、今日も寒いみたいだよ?」
「んー。」

 今度の"んー"は"そうか、そうなのか"という意味合いのイントネーション。

 "まだ眠いのかな?"

 会社勤めではないのだから、いつまで寝ていようが構わないゾロではあるが、毎朝の鍛練を欠かさない彼にしては、なかなか起きないというのは珍しい。今朝はルフィもかなりの時間をお布団の中で粘っていたので、これまでの"お寝坊さん"よりも既にちょっと遅めなのにね。

"昨夜は…早く寝たしな。"

 隣町のアスレチックサロンでのお仕事があった日で、だからって特に疲れて帰って来るようなこともなく。現に昨日もいつもと余り変わらない様子で帰って来たし、

 "抱っこもしなかったのにね。"

 ご飯の時にビールを飲んだ訳でもないのに、いやに早めにササッて寝ちゃったゾロだったくせに。(…それって。/////)

 "???"

 ちょっとだけ"おやや?"と思ったけれど、そんな寝室が窓からの朝日に侵食されてぴかぴかの目映さに満ちて来ると。不思議なもので…寒いようなんて縮こまっていたものが、まだそこにはない尻尾がふりふりと疼いて来て、じっとしていられなくなるのが"仔犬の性さが"というもの。

「…るふぃ?」

 ムクッて不意に身を起こした小さな奥方の体を、咄嗟に…まるで逃がすまいとするかのように捕まえたご亭主へ、
「あのねあのね、ゾロ。」
 ルフィは大きな瞳を向けると、体を揺するようにしておねだりの声。
「ちょっとだけお外回って来ても良い?」
「寒いぞ。」
「大丈夫だよ、るうになるからさ。」
 いつものことだようと、だから離してくれないかなと、舌っ足らずな甘いお声で せがんだルフィだったのに、

 ―― ぎゅうぅって。

 頼もしい筈の腕が、ルフィの小さな体を尚のこと抱き締める。少し浮かせかけてたお顔、ぱふんと胸板へ引き戻されて、
「…ゾロ?」
 どうしたの? 見上げてみたけど顔を見るより前に。ぎゅうっていう腕の拘束がもう少し強くなる。

 「まだ此処に居な。」

 あれれぇ? こんな風に引き留められたのは初めてだ。お顔を見ては言えないの? 子供みたいで…甘えてるみたいで恥ずかしい?

 "なんか…。"

 なんか、カイがたまに愚図った時に似ている。今の構図とは逆になるけど、お顔をこっちの身に伏せて、覗き込まれないようにって"ぎゅうっ"て抱き着いて来て"ヴ〜ヴ〜っ"て拗ねて愚図るのと、何だか重なって見えて、

 "やっぱり親子だなぁvv"

 ほのぼのと笑ったルフィさんである。…こんなデッカイ相手に可愛いなぁと感じるなんて、やはし母は強いなぁ。(笑)
「ぞ〜ろ。」
「んー。」
 平板な返事は相変わらず。どこか とろんと、このまま また眠ってしまいそうなトーンのくぐもった声。
「判ったから。手、緩めてよ。」
 精悍で男臭いお顔をちゃんと見たいから。ねえねえってお胸をさすってみたけれど、
「………。」
 ゾロからのお返事はなく。
「…ゾロ?」
 また眠ってしまったのかな? いやいや、胸板はさっきまでと変わらない動き。寝てしまったなら、もっとゆったりと上下する筈だし。それに腕だって。ルフィをきゅうって抱き締めた力が ちっとも緩まない。
「…ゾロ? どうしたの?」
 なんだか…なんか変。そうと気づいて案じるような声をかけるが、それでも、
「………。」
 旦那様は答えてくれない。

 "…どうしたんだろう。"

 怖い夢とか見たのかなぁ。それで一人ぼっちになるのがイヤだとか。いやいやそんな、自分と違ってゾロはそんなことで怖がったりはしないもん。それじゃあなんで? お腹とかが痛いとか? だったらこんなしてる場合じゃないんだけれど、それだったらお腹を庇う筈だよね。

  ……………。

 それはそれは温ったかい腕の中で、なんでかな、なんでだろと"う〜んう〜ん"と考えていた奥方だったが、


 "…………………あ。"


 何にか気づいて、大きなお声。階下に届けと張り上げる。

 「ツタさん、
  タクシーさんを呼んでっ!
  ゾロ、歯が痛いって。」

 おやおや、それはまた。………痛む場所まで? よく判るもんだねぇ、奥さん。






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