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□人の噂も…
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 「なあおい、
  見たか聞いたか、あの騒ぎ。」

 「何だよ何だ。」

 「今朝の港での一悶着だろ?
  見たさ、勿論。」


 港に間近い立ち飲み屋は、昼餉どきを迎えての賑わいに沸いており。午前中の一仕事を終えたクチの筋骨隆々とした力自慢たちが、まだ陽があるというのにジョッキ片手に威勢のいい胴間声を飛ばし合う。安酒とうまいつまみが評判のこの店は、荷の揚げ下ろしに従事する逞しき労働者たちが、その日その日の目覚ましき事件を誰がどこまで詳細に明るいか競い合ったり、侭ならぬ何やかやへの鬱憤を零してく場所でもあって。今日は何だか皆が沸いたほどもの騒動でもあったのか、常連たちがどの顔も妙に興奮気味であり、

「どうしたね、そんなに大騒ぎして。」

 カウンターの向こうから、朝一番からのずっと此処を離れられなかった、やはり丸太のような腕をした、元は荷役だったというマスターが水を向ければ、

「どうしたもこうしたも
 ねぇよ、おやっさん。」

「ここの海域に
 凄んげぇ海賊が
 迷い込んで来てよ。」

「海賊が?」

 途端に、マスターがその雄々しい体躯なのにもかかわらず、おいおいと眉をひそめ、肩をすくめたのもさして大仰な態度ではないようで。噂話の口火を切った面々たちが、まだ騒動を知らなかった相手へと、話す側の快感を満面に浮かべ、そう思うだろう、そうなるだろうと文字通りの訳知り顔で頷いて。
「何たって此処は、海軍本部直属のミンス中佐の管轄だからな。」
「守りも万全、一体どっから潜り込んだやらってもんでよ。」
「きっと新兵がうかーっとでもしていて見逃したってトコなんだろうが。」
 けしからん話だ、うんうんと。二の腕の真ん中に錨の刺青を入れた大男が、そのぶっとい腕を組んで鷹揚に頷いて見せてから、

「それっていうのがまた、
 小せぇ船だ。
 見逃しても仕方あんめぇって
 ほどにな。」

 今時じゃあ商船どころか個人の旅船だって、もっとこう、頑丈なってか見栄えがいいってか。も少しがっつりと大きいものだろうに、
「舳先には素っ惚けた顔の羊がついててよ。」
「そうそう。湾内巡りの遊覧船かいって思ったぜ。」
 がはは…と嘲笑った下品な声へ、

  「………。」

 聞くともなく会話を拾っていたらしい、奥まったボックス席についていた別の客が。ひくりと、テーブルに置いていた手を震わせる。遊覧船の関係者が、引き合いに出すことで馬鹿にするなと思ったか。とはいえ、連れがそれへと素早く気づいて“まあまあ”と穏やかそうな笑みを向け、宥めてやってはいたけれど。

「その丸っこい羊の上へ、これまた子供みたいなおチビさんが、機嫌よさそうに乗っかってやがって。…ああ、俺が見た訳じゃねえ。水先案内の艀(はしけ)ん乗ってた、エンリィおっちゃんが見たんだそうだがの。」

 その子は腕を肩のところから ぶるんぶるんって振り回してて、いかにも好戦的な構えでいたんだが。すぐにも他のクルーたちに引っ張り降ろされてやがったから、船長の子供か何かかね。
「最初はよ、許可無くして入って来たっていう、そういう港湾法違反の臨検破り、ちょっとした違反船かと思ったらしいエンリィ親父が、なんてこともなく眺めていると。」
「巡視船の、それも砲座がついてる中型のがよ、港の奥まったとこからザザザッて飛び出して来た。」
 日頃はせいぜい一番小さいので間に合わせてて、せいぜいが軍の偉いさんが来るときの景気づけ、頭数だけそろえて威勢を示すためにしか機能してないような性能の高いのが、
「そりゃあ凄い勢いで飛び出して来て、ミンス中佐直々、拡声器構えて。
【そこのキャラベル、停まりなさいっ!】
と来たもんだ。」

 いつの間にやら聴衆が増えており、それを意識しての語りに合わせ、おおうと周囲の面々が囃し立てる。
「え? ミンス中佐が出て来たほどだったって?」
「なに、海賊が入り込んだなんて、何年振りかの事態だからサ。きっと連絡系統が焦って大袈裟に伝えたんさ。」
「ああ。確かに海賊旗らしいのを掲げてはいやがったがよ。あんな小さい船で、しかも、乗ってたのがこれまた、若造ばっかだったって話だし。」
 何しろ今でも“大航海時代”には違いなく。しかも、此処、グランドラインは、そうなった発端、ゴールド・ロジャーの遺したとされるお宝目指して、世界中の海賊たちがなだれ込んで来たは良いが、曲がりなりにも“魔海”とまで呼ばれる難儀な航路、半端な連中は淘汰され、その結果、多少は骨のある顔触れしか生き残れなかったとされてもいる海域だから。
「若いってコトはあれか? 内海育ちの世間知らずか?」
「大方その辺だろと思うぜ?」
 近年になって、ワンピースの伝説を直には知らぬ顔触れが、台頭することも多々あるらしいが、そういう手合いは古株の強かな連中とは一線を画しており、海の何たるかも分かってはいない、正直言って頭でっかちな連中が大半なのは否めない。そんなせいもあって、よほど有名で、尚且つ、長くその名を轟かせてるクチの海賊でもない限り、海軍関係者以外には、旗印だけで何て海賊かまでは網羅出来たものではなくて。年若なクルーと聞いて、皆して小馬鹿にしてしまっても、まま仕方がない反応だったのだけれども。

 「ところが、だ。」



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