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□金色の世界で
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困った。
困ったことになった。
コツコツと落ち着きなく右手の人差し指で机を叩く。
何時終わるともなく叩き続けてきたせいで、それは既に己の意識外にも関わらず一定のリズムを保っていた。
珍しく部屋に籠り勉学に励むべく、机の上に書物を広げたのは何時のことだったか。
太陽の傾きを見る限り、恐らく小一時間は経っているだろう。
一筆も進まない筆先とは対照的に、心無し右手の人差し指を打ち突けている辺は微かに削れてきているような気がした。
先程から脳裏に過ぎる影。
幾ら頭を振っても消えることはなく、むしろ己の心を試すかの様に強くなっていく感情。
只の気の迷いだと思ったのも最初の数日だけだった。
どこまで欲望に忠実なのかと自分を叱咤したくもなるが、彼と触れ合った時に感じる匂いや、その陶器の様に白い肌に一度でいいから唇を寄せてみたいと思った。
「はぁ・・・・」
考え込むのは己の領分では無い。
今までもそしてこれからも、恐らく己の直感を第一に信じるだろう。
しかし、今回だけはその直感を信じるわけにもいかない。
だからこうして、先程から本来はやりたくもない勉学に励むべく机の前に腰を下ろしているのだ。
違うことに没頭すれば何かが変わるかと思って。
しかし、現実はそう甘くもいかず、唯々その彼にしては少し小さめの机を僅かに削るという無意味な結果に終わった。
「会いたいな・・・」
ふと、漏れてしまった本音に自身で驚きつつも、無意識下のうちに口をついて出た言葉ほど強烈なものはない。
認めるしかないのだ。
その、漆黒に揺れる髪の毛に手を差し入れてみたい。
その、陶器の様な肌に手を這わせたい。
その、常なら固く結ばれている唇が朱く染まる瞬間を味わってみたい。
「やべ、勃ってきたし。」
五年間、学友としてそして時には戦友として過ごして来た奴が自分に好意を寄せていると知れたら。
しかもその好意が友情ではなくそれを遥かに超えるものだとしたら。
「拒絶されそー」
有り得なくも無い、むしろその情景がはっきりと己の脳裏に浮かぶものだから、ニヤリと唇の端が釣り上がった。
恐らく、一ミリ程は削れてしまったであろう木の机から右手の人差し指を外し、両手を頭の後ろで繋ぐ。
そのままゴロリと胡座を組んだまま後ろに転がれば、少し緩んでいたのか、パサリと頭から青色の頭巾が滑り落ちた。
一度深く息を吸い込み、中途半端にずれてしまった頭巾を左手の親指と人差し指で引き抜く。
まだ軽く縛り目が残っているそれを、そのまま人差し指に掛けクルクルと回した。
見るとも無しに瞳を向けた天井と、一定の感覚で混ざる青色。
「五年・・・か・・・・」
その大きな門に圧倒されつつも、己の夢を叶えるべく、潜り抜けた時から既に五年という歳月が経過していた。
最初こそ、その水色に不慣れながらも、強くなる事だけを考えてがむしゃらに突き進んだ日々。
頭巾の色が変わるたびに、教わる側から教える側へと変わっていった。
今だからわかる上級生という責任や、学園から求められる事へのプレッシャー。
そして、学年を進む毎に去っていく仲間たち。
「仲間なんだよな・・・」
五年間、何度も逃げ出したくなった。
それでもあの四人が居たからこそ、頑張ってこれたし、今の自分があるのだ。
「言えるわけねぇよ。」
ぱたりと力なく左腕を畳の上に落とすと、掌の下には頭巾の潰れた感触が残った。
ゆっくり目蓋を閉じれば、開け放した障子から差し込む光が一気に襲いかかってくるように感じる。
ただ金色に輝く世界で。
このまま時が止まってしまえば良いのにと。