虚偽と嘲笑

□そう、いつだって私には
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私はこれからどうなるのだろうか?重い身体を必死に起こしてシャワーを浴びにヨタつく足で風呂場へ向かう。歩いた時の振動が腰に響く、お腹痛い、その痛みに心底やるせない気持ちになった。

私は悪魔と契約した、それはこれ以上周りに迷惑をかけないため。私が犠牲になれば周りには手を出さないと悪魔は言った、美しい悪魔、一瞬天使と見間違えるほどの輝く容姿と柔らかな微笑みを浮かべる彼は人を殺す事を何とも思っていない。まるで虫を殺すように顔色一つ変えず命を奪う。教会や美術館にある宗教画に描かれた神の御使いのような彼は、ドス黒く穢れた心をその清き容姿の下に隠す悪魔なのだ。


「……ウ、アァッ」


シャワーを浴びている最中に膣からドロリと熱い何が出てくる。見たくもないそれは私が悪魔に汚された動かぬ証拠。頭から熱いシャワーを浴びていると無性に自分に腹が立った。確かに私は契約した、だがその契約内容に性行為は含まれていない。私の魂を彼の支配下にする、ただそれだけだった筈なのに。自分を犠牲にすると決めた時、確かに私は覚悟した。相手は悪魔だ、何もされずに終わる事などない。結局、理解している“つもり”だったのだ、私は何も理解していなかったのだ。

(何故、殺さないの)

さっさと息の根を止めて地獄にでも連れて行けばいいのに。私の魂は彼のモノになったのだから、食べるなり消すなり好きにすればいいのに。なのに何故生かし続けるのだろう、以前彼は人間たちのような肉体は邪魔だと言っていた、実体は色々と制限されるから面倒なんだと。なのに、


「おや、もう起きられるのですか」


ハッと息をのんだ。この、声は、


「そう、私ですよ」


声を出していないのに、まるで私が考えている事がわかるような彼の言葉に絶句してしまう。イヤ、だ、怖い。


「どうしましたか」


シャワーの音が煩いのに彼の低くて肌を這うような毒のある声はハッキリ聴こえてきて。狭くはないバスルームにいて鍵もかけてある、なのに安心できない。いまだにドア越しに笑い声が聴こえてきて思わず後退ってしまう。


「来ない、で」


やっと出てきた言葉は酷く弱々しい。


「それはきけないお願いです」


イヤだ、何をされるかわからない、いつの間にか私の背中は壁に引っ付いていて、恐怖に染まった瞳でドアを見つめる事しか出来ない。


「動けるようなら我慢する必要はありませんね」


一瞬我が目を疑ってしまった、しっかりかけていた鍵がゆっくり勝手に持ち上がり、

―――カチリ

開いてしまった。


「私の我慢はもう限界ですから」
「イ、ヤだッ 触らないでッ!」
「待たせたのは貴方ですよ、もう無理です」
「そんな覚えないって言ってるでしょう!」
「……わからない人だ」


すぐに捕まり私の身体は彼の腕の中にすっぽりと埋まる。たった今シャワーを浴びていた身体はもう冷えていて、でも彼に触られた場所だけは変に熱を持ち始めた。


「ミア」


声は優しいのに私を見下ろす彼の瞳はまるで獲物を捕らえた肉食獣のようで、


「私はまだ貴方を殺しません」
「な、何で」
「理由ですか?」


うっとりするほど美しい笑みを浮かべた彼は白く長い指で私の髪をすく。


「貴方の鬱血が映える白い肌も、」
「…」
「怯えて潤む大きな瞳も、」
「…ッ」
「苦痛に歪む美しい顔も、」
「……アッ」
「すべて私のモノにしたいからです」


言いながら私の首筋に一つキスを落とす。


「それに、」


優しく口付けられると、もうこのまま流されてもいいかと思ってしまう。そんな不思議な力を持つ彼は一度顔を離して私の瞳を覗き込む。





「面白くないでしょう?」













もう、逃げられない

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