トリカゴッド

□七
2ページ/50ページ



「そういやお前普通にここにいるけどよ。あいつはどうした?」

早朝に道が復旧したという知らせをうけ直ぐに街を出た一行は、遅い朝食がてら途中の森の中で休憩をとっていた。
その最中、不意にそんな事を言いだした悟浄は、「お前のお仲間」と手にしたスプーンでハクを指した。
口に詰め込んでいた豆を飲み込み、ハクは首を傾げる。

「ユアンのこと?」
「そ。返事したんだろ?」

何の返事か、とは聞くまでもない。生まれて初めてされた番の申し入れだ。
悟空や八戒の目までが向き、視線を一身に集めることとなったハクは気まずく頬をかいた。

「…してない」

口にした途端、三人の目が示し合わせたようなタイミングで丸くなる。

「うっそ、放置!?」
「マジか!放置ってお前…!」

連発される単語が容赦なく良心をえぐる。

「小悪魔ってやつですか?」
「いーや天然鈍感無神経タイプとみた」

心底おかしそうに口の端を歪める悟浄に、ハクは苦い顔でだって、と呟いた。

「どこにいるのか知らないし。探してもいなかったんだ」

ハクだって何も考えていなくもない。流石に返事をしないままにする訳にもいかず、昨日も丸一日ユアンを探して町中をさ迷ったのだ。人が集まる場所ならいるかもと当たりをつけたのだが、それもことごとくはずれた。思いきって幾度か人間に声をかけもしたが、その日演奏で衆目を集めているような男を見た者は誰もいなかった。

そうするうち途中からは言葉通り本当にさ迷う羽目になり、一人で出かけたせいで道も分からず最後にはユアンではなく帰る宿を探していたほどだ。

手をこまねいている間に塞がっていた道も通れるようになってしまい、問題はまるっと棚上げだ。内心ほっとしている部分が全くないわけではないけれど、ハクもやれるだけのことはしたと思っている。最初にユアンが泊まっている宿の場所くらい聞いておくべきだったけれど。
なので簡単に放り出してきたわけじゃない、との主張を試みた時だった。

「何の話だ?」

てっきり我関せずかと思った三蔵が、スープを啜るのをやめ顔を上げた。その眉は怪訝そうにひそめられている。

「あれ?悟浄話してねーの?」
「俺はどーせ八戒が話すだろーと思って」

食事をかき込む手はそのままに悟空が悟浄へ振ると、それを受けた悟浄が八戒へパスを送る。

「…僕は悟空から話が行くとばかり」
「………」
「………」
「………」
「………」

リレーのように次々視線を回した3人がいっせいに黙して固まる中、わは…と無理矢理な笑みを浮かべたハクに続いて、悟空、八戒もやや引きつった笑いと共に三蔵を振り返った。

「えと…、ごめん三蔵」
「わり」
「すみません」
「仲間外れにされたからっていじけんなよ?」

一人憐みと嘲笑混じりの視線でもって声をかけた悟浄の頭すれすれを弾丸が掠め去ってゆく。

「あっぶね!?もうちょい距離考えろよクソ坊主!!」
「いいからとっとと話せ」

いつか当たる、と口を曲げる悟浄の苦情も意に介さず、形の良い眉でめいっぱい不愉快さを表す三蔵は、それでも足りなかったのか心底煩わしいと言わんばかりの舌打ちをした。
八戒と視線を交わした後、「ユアンがハクにプロポーズしたんだ」と悟空はあっけらかんと言い放った。理解が追いつくまでに数秒、片眉を上げ不可解と語っていた表情は、告げられた言葉の意味を解すと見る見るうちに歪んでいった。

「うわ、」
「思ったより嫌そうな顔になりましたね」
「わかるわーそのキモチ。正気かってとこから始まって面倒くせぇ気配もぷんっぷんさせてやがるしなぁ」

肩に置かれた悟浄の手をすげ無く払いのけ、三蔵は視線だけで先を促した。





「…という訳でして」と話を締め括ったのは八戒だ。三蔵から短い返事が返る。予想はしていたが、その反応は非常に淡白だった。
掻い摘んでの説明を聞いている間もその表情に微塵も変化は見られなかったのだが、

「…で、何でお前がんなことになってんだよ」

呆れ果てた悟浄の視線の先には、八戒の腕に縋りつくハクの姿があった。
だって…とハクは小さく呟く。
ハク自身、番にと言われた時はあまりの衝撃に頭が真っ白になっていたし、目の前にいるユアンの事でいっぱいいっぱいだった。その時のことを改めて他人の視点で聞かされれば、そんな風だったのかと、込み上げる恥ずかしさに今すぐ逃げ出してしまいたくなった。

「いやぁ、熱烈でしたよね。見てるこっちが恥ずかしいぐらいで、特に腰に手を回して引き寄せた後なんて、」
「もういい!もういい八戒!」

耳まで真っ赤に染め上げたハクが悲鳴を上げる。
実際の所、実感があるのかと言われればそれは非常に薄かったのだ。眠りと覚醒の境でみた束の間の夢のように、いまいち現実味がなかった。
けれどそれは確かに起こったことで、あまつさえ三人にしっかり目撃されている。そう…見られていたのだ。

ちらりとハクは煙草片手にけらけら笑っている悟浄へ視線を投げる。
あれが、あの紅い眼にはどう映ったんだろうという思いが風のように頭を掠めた。と、正にそのタイミングでその視線の先がこちらに向いて、ぎくりとした。
眉を寄せたハクはにやつき口元を緩める悟浄から目を逸らす。

「つーかあっけらかんと求婚するわ、された側もあっさりスルーだわって、どうなってんのよお前んとこは」
「…だから、探しには行ったんだって」

頭をつつく手をぱしりと払えば、同じくらいむっと眉間に皺を刻んだ悟浄が八戒を振り向いた。

「ちょっとおにーさん、最近おたくのお子さん反抗期なんですケド?」
「悟浄にだけですよ」
「…局地的かよ。可愛くねー」
「でもどこ行っちゃったんだろなユアン」
「妖怪にやられちまった、ってタマでもねーだろうしな」
「彼なら真っ先に逃げおおせてそうですよね」

言って三人が顔を見合わせる。

「あー…、なんか読めたわこの展開」











そうして次の町へたどり着いた一行は、ほどなくして渦中の人物と再会を果たした。
町に入ってすぐの広場でやはり衆目を集めていたその男は、目敏く五人の姿を見つけると、演奏中だったにも関わらず弓を持つ右手を大きく振り回した。
集まっていた人々が見えない糸にでも引かれたかのようにいっせいに背後を振り返る。

「ほーらな」

ちゃっかりしてるぜ、と口元を歪めた悟浄の隣で、三蔵が頭が痛むと言いたげに額へ手をやった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ