トリカゴッド
□後
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「おし、ご馳走様!」
次の日、昼や夜のそれに比べると比較的静かな朝食の席にパンっと小気味の良い音が響いた。手を打ち合わせた悟空が「行こうぜ!」と席を立つ。
「う、うん。ごちそうさま」
ハクも慌ててコップに残ったコーヒー牛乳を飲み干し立ち上がった。
「行くって、どこ行くんだよ。んな朝っぱらから」
今日は朝から食べ物の事で争う気分ではなかったらしい。さっきから呆れ顔で次から次へと口にものを詰め込んでいく悟空を見ていた悟浄が、面倒くさいと言わんばかりの声音でそう聞いた。
「特訓!」と悟空と声を揃えて答えると、その顔が一層面倒くさそうになった。
「あっそ。そりゃ精がでるこって」
出会った頃から変わらない習慣。まだ一度も勝てたことはないけれど。
「今日はハクがユアンのとこ行くって言うから、あんま時間ねぇんだ」
「そうですか。昨日倒れたばかりですし、ほどほどにして下さいね」
「うん。気をつける」
素直に頷いて三蔵に視線を投げると、丁度新聞から目を上げたところだった。
「じゃあ、行って来る」
おー、やらフンやら短く応じる声の後、いってらっしゃいと八戒の柔らかな声。
外へ出ると空は昨日と同じに青く晴れ渡っていた。
町の外へ行き適当に開けた場所を見つけた。
二人向かい合って構える。ルールはいつも同じ、先に地面に背中をつけた方が負けだ。
目配せを合図に、同時に地を蹴った。純粋なスピードだけならハクの方が僅かに速い。悟空の懐に滑り込もうとするが、左下から繰り出された蹴りに咄嗟に身を屈める。しゃがみ込んだ勢いをバネにして一気に距離を詰めようとすれば、悟空もすかさず後ろへ飛び退る。
このパターン…!
ハッとしてブレーキをかける。ほぼ同時に砂埃を上げながら悟空も止まった。
うっかり自分から殴られに行くところだった。
しかしほっとする間も無くもう悟空は一歩踏み込んできている。振るわれた拳を慌てて避け、体勢を崩した所に叩き込まれた蹴りを、腕を盾に受ける。いくらか地面を滑ったもののなんとか踏み止まった、と思ったのも束の間、素早く間を詰めた悟空の重い一撃に吹き飛ばされた。
空中で身を捻り着地を果たせばもう目の前には悟空の姿がある。
あぁもう…!
防戦一方の気配を感じ、大きく後ろへ退く。けれどそう簡単に逃がしてくれるはずもなくすぐさま悟空も地を蹴る。さっきと真逆の構図だ。
――いける!
背中が焼けるように熱くなったかと思うと、ばさりと真っ白な羽根が広がった。それがまるで深呼吸をするかのように大きくうねる。
「!?」
今まで見た事の無い動きに何かを感じ取ったのか、まさに突っ込んでこようとしていた悟空が地を擦って止まった。
が、
「…あれ?」
思っていたことどころか何も起こらない。
「あ…ちょっと、待っ」
「おりゃあああああっ」
「うわぁぁあっ」
胴にタックルを受け背中から地面に突っ込んだ。
あー…痛いし…負けだし。ってか重た…。
のろのろと身を起こせば、腹の上の悟空もまた顔を上げた。
「なぁ、今の何だったんだ?」
「今のって…、えっと…」
昨日ユアンが教えてくれたんだと答えつつ、身体の下敷きになってしまっている自身の羽根を横目に見やる。それは自分の一部の筈なのにまったくと言っていい程思い通りになってくれない。
「ほんとは、すごい風が吹くはずだったんだけど」
もう一つ、風を薄く鋭く研ぐ方法も教わったけれど。この様子じゃ当分扱えそうにない。
無い無い尽くしだ、と口からは溜め息が零れた。
「ふーん?」
悟空に手を引かれて立ち上がると、その向こうには青すぎるほど青い空。
遠いなぁ。と思う。
いつだってそこにあるのに、手が届かない。本当はもっと、近いもののはずなのに。
飛ぶことも、皆羽根がこれぐらいの大きさの時にはもうやってのけていた。
――色の無い羽根
ユアンの言葉が蘇る。そう言われることが当たり前で、昔から散々聞いてきた言葉だったのに、随分久々に言われたような気がした。
…それぐらい、忘れかけてたんだ。
綺麗な深紅の羽根。仲間は、みんな当たり前に持っていた羽根。
自分の肩越しに、紅くないそれが目に入る度、重たいものが胸の内に凝る。
この羽根は、本当に皆のそれと同じようになるだろうか。異質で劣ったこれは、自分は、皆と同じだけの事が出来るんだろうか。
つま先へと視線を落としたその時だ。
「――わ!!!」
「うぇっ!?」
突然耳元で発せられた大声に思い切り肩が跳ねた。あまりのボリュームでキーンと耳が痛む。
「な、にすんだよ悟空っ」
耳を押さえながら振り返ると、口元に手を当てた悟空がニッと笑ってみせた。
「大丈夫だって」
「……?」
「そんなスゲーこと、簡単に出来たらつまんねーし。難しい方がさ、楽しいじゃん」
だろ?と念押しされる。つまらないと、楽しい。何だか、それがあんまりにも単純で、あんまりにも悟空らしい気がして、ぷ、と小さく噴き出した。
「…そうだよな。うん。そうかも」
へへっと笑ったら、金色の目が満足気に細められた。
きらきら、きらきら、まるで太陽みたいな瞳。
…ほんと、悟空は眩しい。
「――よし!悟空もっかい!」
「おうっ!!」
できるまで、何度だってやってみればいい。それも含めて、悟空と一緒ならきっと楽しいから。