トリカゴッド
□四
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落ち着け。落ち着いて、動きをよく見て…
「ここだ!!」
力いっぱい地を踏んで放った蹴りは、態勢を崩してガラ空きだった相手の首へきれいに入った。
「やった!!ってうわ!?」
喜びの声を上げた途端足にガシリと嫌な感触。引っ張られると同時にぐりん、と世界が逆さまになる。
マズ…!
地面に叩きつけられる。とっさに頭がそんな答えをはじき出すのは、これでも少し場数を踏んだ…からではなく、悟浄がよく使う手だからだ。
どうしよう。どうしようもない。どうにかしないと。
焦るハクの視界に白いものが閃く。
「おりゃあああ!!」
鈍い音が足の方で聞こえ――ちなみに足元を見るとよく晴れた空が見えた――浮遊感が全身を撫でたかと思った次の瞬間には、背中がまた種類の違う鈍い音をたてた。
視界に入った白いものはどうやら悟空のマントだったらしい。まるで寝ている所を起こしにでも来たみたいな風に、くの字に折れて自身の足の間から顔を出すはめになっているハクを悟空が覗きこむ。
こんな態勢で寝ることなんて、どんなに凄まじい寝相だろうと絶対にないけれど。
「ハク、大丈夫?」
「…まぁ」
目立った外傷はないはずだ。言うならば背中から地面に突っ込んだのが一番痛かった。
「だっせぇー」
首が曲げられないので目だけを横へやると、ニヤニヤしている悟浄。最悪だ、とハクは顔をしかめる。
「キメてんのにノーダメージっておい」
「うるさい」
よりによって悟浄に見られているなんて。
「軽いですからねぇハクは」
八戒まで…。
「蹴られても全然痛くないもんな」
悪気などまったく無さそうな顔で悟空がハクのプライドを一刺しした時、別方向から怒声が飛んだ。
「テメェら、喋る暇があるんならとっとと片付けやがれ!!」
見れば目に経文経文と書いた妖怪たちが三蔵に群がっていた。
「わーお、熱烈」
「三蔵大人気じゃん」
「そういえば、まだたくさん残ってましたっけ」
言って、八戒がひょいと驚きの気軽さでもって突っ込んできた妖怪を避けた。
今日も今日とて例のごとく一行は妖怪の襲撃にあっている。飽きもせずによく来るよなともう何度聞いたか分からない悟浄の台詞からもとれるように、どこからこの人数を調達してくるのか不思議になるほど妖怪の大群に出くわしている。
「毎度毎度、よくもこんなに集まるもんだぜ」
これまたひょいっと上げた悟浄の腕が飛び込んできた妖怪の顔面にぶち当たる。
会話の片手間に振りかかる火の粉をあっさり吹き消している様は、ハクなどは次元が違い過ぎて、もはや口を開けて見守ることしかできない。
いったいどれだけ経験を積めばあの域に辿りつけるだろうと考えてみるも、そんな自身の姿は悲しいかな少しも想像がつかなかった。
「つーか、三蔵ちゃんもたまには可愛く助けて―とでも言やいいのに、なっ!?」
「………」
弾が悟浄のスレスレを飛んで行った。悟浄の後ろにはいつの間にか、眉間に深い皺を刻んだ三蔵がいる。
「殺すぞ」
「撃ってから言うんじゃねーよクソ坊主!!」
ぎゃあぎゃあと文句を言いながら悟浄は行ってしまう。気づけばいつの間にか八戒や悟空の姿も無くなっていた。
「いつまでも引っくり返ってんじゃねぇよ」
「いてっ!?」
蹴り起こされ、難しい顔の三蔵に「鬼…」と口の中で呟けば、どうやら聞こえていたらしく銃口がこっちを向いたので、ハクも転がるようにしてその場を離れた。