トリカゴッド
□1.5
1ページ/3ページ
知らないこと。そんなの数え出したらきりがない。
例えば星がこんなに明るいってことも、少し前の俺は知らなかったんだ。
夜の森は、目で見るよりも耳を澄ます方が周りの様子がよくわかる。
虫の声が聞こえて、時々梟の鳴き声もする。
押し付けた背中から悟空の寝息も感じる。
そこら中が生き物の気配でいっぱいだ。
外に出てきたんだ…。いまさらだけど。
まどろみに方足首をつっこんだような状態で、遠くに聞こえる小川の音に耳を澄ました。
さらさらと流れていく水の音が懐かしい。そういえば昔いた村の側にも小さな川が流れていて、夜は決まってその音を子守唄がわりに聞いていた。
けれど眠気を誘っていたはずの音も、今はハクを夢の世界から引き離す要因の一つだ。
初めての野宿。濃紺に沈んだ空には溢れだしてしまいそうなほどの星。
閉じた瞼の奥までやんわり届く星明かりに、どうしたって目は冴えてしまう。
それに加えて耳に忍び込んでくる色んな音。静まり返っていた籠の中とは大違いで、
「眠れねぇ?」
ふいに、抑えた悟浄の声がした。
俺の顔の横に落ちていた腕が、ゆっくり持ち上がって視界から外れる。
「なんか明るくて…」
そっと何かを囲い込むようにした悟浄の手の中で、ぽう、とオレンジの火が灯った。
笑いを噛み殺しながらそこへ顔を近づけた悟浄は、一呼吸置いてから深々と煙を吐き出した。
「大人ぶんなってお子様が」
「誰がお子様だよ」
反射のように答えるけど、自分がまだまだだってことはよく分かってる。たぶん。
身長だって四人の中で一番小さい悟空よりもまだ小さいし、手足の太さも頼りない。それになにより、どれだけ物を知らなかったかってことを、旅を始めてからの二日間で嫌ってほど思い知らされた。
俺の知ってることはたぶん、普通の人よりずっと少ない。当たり前なことが分からない。
この旅にも、ただ一人になりたくない一心でついて来てしまったけれど、今はそう言い張ってよかったと心の底から思う。
自分だけだったら、右も左も分からずに途方に暮れるしか無かったはずだ。
だけどお子様は違う。絶対。
「子どもは大人しく、暗いのこわいよーとか言ってりゃいいの」
「じゃあ、明るくて寝れない俺は大人だ」
「あーそうだな。そこにこだわる時点でガキだけどな」
「だからっ、誰がガキだよ!」
「馬鹿声がでけぇっ」
悟浄が慌てて俺の口を塞いだかと思うと、前の席の毛布がむくりと起き上がった。
紫暗の瞳が、蛾でも前を横切ろうものなら一瞬で焼き殺しそうな鋭さで俺達を睨みつけた。
黙られると怖いからせめて何か言って欲しいけど、無言のままきんぱつは毛布をかぶり直す。