トリカゴッド

□壱
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切り立った崖の下に造られた小さな町。
一行が到着した時にはもうだいぶ日が傾いていたから、この日は町へ入ってすぐの宿屋に部屋をとった。


町を囲む地形は少々特殊で、町の西側には見上げていると首を痛めそうな絶壁が左右に長く伸びている。
高低の差によって地盤がきれいに分断されたその向こうには、なだらかな平地が続いているらしい。


聞いた話では、ここは崖の向こうへ行く旅行者が落としてゆく金で栄えた町らしい。この道以外で崖を越えるとなるとかなりの遠まわりをしなければならず、大半の者はここを越えてゆくと聞いた。

あんな崖をどうやってと疑問を抱くも、それは一目で解消された。
崖の中ほど、丁度町の正面に位置する場所に一部だけ、大昔に崩れた跡なのか、断崖が急な坂に変わっている箇所がある。
そこへ張り付くように広がる森。崖の上と下にある森を結ぶそれは、離れて見るとまるで緑色をした巨大な滝だ。


道理で宿屋が多いはずだ、と町へ入ってすぐに感じた違和感にも合点がいった。
おそらく徒歩で向こう側へ行こうとすると、日暮れまでに目的地へ着くには、この場所でぎりぎりなのだろう。
だからこそこの町も崖の上へ続く森の真ん前に造られたそうだ。夕方の日当たりの悪さを除けば、そう悪い場所でもない。



壁のようにも見える巨大な崖を脇に従えたこの町は、壁が遮ってしまうせいで西日が見えない“夕焼けのない町”としてそこそこ有名な場所らしかった。


宿の窓から、雨の中でことさら黒々と輪郭を浮かび上がらせる岩壁を眺めていた三蔵は、嫌な予感を振り払うように頭を振った。









ちょっと煙草を買ってくると言って夕方頃に悟浄が宿を出てすぐ、空が真っ暗になったと思ったら案の定巨大な雨粒が地面を叩いた。
バシバシと、当たったら穴でも開くんじゃないかという勢いで大粒の雨が地面に叩きつける。


「すげー雨…」
「そう思うなら今すぐ窓を閉めろ」


吹き込んだ強い風に煽られた新聞を押さえ、いつものように眉間に深い皺をよせた三蔵。淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら、八戒は壁の掛け時計に目をやった。


「遅いですねえ、悟浄」


出かけてから優に二時間は経っている。


「煙草一つにどこまで行ってんだよ」

喧嘩する相手がいないと退屈でしょうがない様子で、窓辺に寄せた椅子の背の上で重ねた両腕に顎をのせ、悟空は暗く空を覆い尽くしている雨雲を見上げた。


「この雨ですし、どこかで雨宿りでもしてるんでしょうか」
「買い食いでもしてんじゃねーの?」
「んなどっかのサルみたいな真似するかっつーの」
「あぁ、おかえりなさい」


声に振り向くと、開いた扉のすきまからずぶ濡れになった悟浄の頭が覗いた。長い髪からしきりに滴がぽたぽた落ちて、床に水玉模様を描いていく。
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