トリカゴッド

□七
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「随分かかったね、もう来ないかと思ったよ」

早々に演奏を切り上げ走ってきたユアンは四人に愛想のいい笑顔を振りまくと、また会えて良かったとハクに向き直った。

「先回りしてたってわけね」
「ん?うん、まぁね。妖怪が暴れた後だと何となく居づらいし、そんな時に万が一正体がばれたりしたら一大事だし。君からの返事保留にして行くなんて胸が痛んだけど、行き先は聞いてたから今のうちにって思って」

広げた手を胸に置き、よく回る口であれこれと捲し立てた後、割と綱渡りなんだよねー僕の旅、とユアンは軽い調子で笑ってみせた。

「言わずにいなくなっちゃってごめんね?」
「ううん、それは別に」

首を振るハクにもう一度笑いかけて、それじゃ行こうかとユアンは四人を先導するように歩きだした。

「行くって、」
「どこに?」

首を傾げる悟空と悟浄につられたようにユアンまでも首をひねる。

「宿行くんでしょ?あっちに良さそうな宿が多かったから案内するよ」
「この街には随分前に着いていたんですか?」
「一通り見て回れるくらいにはね」
「けどさ、道ふさがってたんだろ?」
「そこはほら、僕にはこれがあるから」

そう言ってユアンは自身の背を指した。確かにそれなら道が通れなくても問題はない。全力で飛べばジープよりも早いとの話を、すげー!と悟空が目をキラキラさせて聞いている。
けれど普段はあまり羽は使わずに、行きずりの馬車に乗せてもらったりと陸路で移動しているらしい。

弾む会話に、今は口を挟む隙は無さそうだとハクは流れる人垣へ視線を投げた。
前の街ほどではないけれど、ここも人が多い。眺める先で、往来する人々の間を大人の胸元くらいまでしか高さのない影が駆けて行った。
すっかり気をとられていたハクに「おい」と声がかかる。振り返った先には三蔵がいた。
何も言わず背を向けるその先には他の皆がいて、見当違いの方向へ向かっていた事に気付き、ハクは慌てて踵を返した。


宿に着くと、部屋を取りに建物へ入って行く四人から離れ、ユアンがハクを手招いた。気づいた悟空に先に行っててと伝え、残ったハクはずっと頭の片隅に居付いていた問題を俎上に上げる。
ずっとユアンに言わなければと思っていたこと。

「あのさ、…返事のことなんだけど、」
「待った」

目前に現れた制止を促す掌。へ?と間抜けな声をあげたハクに「もうちょっと待ってよ」とユアンは困ったように眉尻を下げた。

「もう少し僕のこと知ってからでも遅くないでしょ?」

ね?と言い募られる。

「この町を出るまででいいからさ」

たぶん待ってみてもハクの答えは変わらないのだけれど。それでも頼み込まれれば途端に否は喉の奥へ身を潜めてしまう。ただでさえ断るつもりの負い目もある。答えあぐねたハクの手を取りユアンがここぞとばかりに畳みかけた。

「丁度今この町に旅の一座がいてね、今晩は出してもらうことになってるんだ。良かったら見に来てよ。で、そのあと少し話がしたいな。どう?ダメかな?」

お願い、と手を合わせられると弱かった。

「…分かった」

躊躇いつつも頷いたハクの手をしっかりと握り、ユアンが「ありがとう」と浮かべるのは人好きのする笑顔。
視線を落とし、少し筋張った手とそこへすぽりと収まる自分の手を見比べる。いくつの時に分化したのか、ユアンの手はもう男のそれだ。

「でもさユアン…。俺、女になりたい訳じゃなくて…」
「うん。だから単なるパートナーとしてでもいいよ。僕はデュオがしたいんだし。もしかしたら一緒にいるうちに君の気も変わるかもしれない。それに、」

屈託のないユアンの言葉が、一番痛いところをついてくる。

「どのみち村に戻らないと男にはなれないんだしさ。あのお兄さん達といるとそれも難しいでしょ?」
「そう…だけど」

まだあると思っていた時間は思っていたよりもずっと少なかった。それは確かだ。
もう、のんびり探すなんて言っている程の余裕はない。西へ向かう一本道で、ただでさえ森の奥で隠れ暮らしている小さな村など見つかるだろうか。
むくりと首をもたげた不安に気押されて喉の奥で言葉がつかえた時だ、

「部屋行くってよ」

唐突に頭の上に降ってきた手にハクは悟浄を振り返る。
見上げた深紅の瞳がちらとハクのそれに視線を合わせた。

「行っとけ」

見とかねーとまた迷うだろ。そう促されて、躊躇いつつもじゃあとユアンに告げ宿へ向かうが。

「――今夜、さっき会った広場で」

追いかけるように背中に投げかけられた声。振り返った先にあるその顔が少しだけ寂しげに見えて、

「絶対行くから」

そう言ってハクが小さく振った手に、ユアンも小さく手を振り返した。
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