短話

□夏大爆発
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暑い。

だらだらという言葉を最初に形容した人は誰だろう。じりじりという言葉を発明した人は誰だろう。
誰だかはわからないが、日本特有のオノマトペ。その感性豊かで的確な表現を最初に思い付いた人にはノーベル賞をあげたいくらいだ。…そんなことをしたところで暑さは変わらないが。

あまりの暑さに現実逃避じみた思考をぐるぐると巡らせながら、薄地の半袖と短パンという対猛暑日用装備も、コンクリートを焦がす勢いの太陽様の前ではなんの意味もなさないということを思い知る。
生ぬるい汗が頬を流れる。水を浴びたわけでもないのに髪の毛は濡れそぼっていて服が髪が空気が肌にまとわりつく。ああ、あつい。あつい。エアコンが壊れているなんて馬鹿か。阿呆か。殺す気か。

「しえみちゃん家は涼しそうなんだよなあ」

エアコンなんて文明の利器はなくとも、ひんやりした木陰と風通しの良い縁側と扇風機、おまけに冷水で冷やされたスイカがあると思う。想像しただけで垂涎ものだ。
ところがどっこい。杜山宅に行くには、太陽が焦がす長ったらしい道のりを歩いて行かねばならない。どこでもドアが欲しくなる。けれど所詮そんなものは空想の産物で、


「……あ」

あるじゃないか、どこでもドア。



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++++++







「お邪魔しまーす!雪男くん居ますか!」
「おわあ!?」
「あれ、燐だけだ」

奥村兄弟の住む部屋の扉を少しばかり豪快に開けさせていただくと、目当ての雪男君は居らず。
代わりと言うにはいささか、否、だいぶ頼りないが一応戸籍上は奥村家の兄である燐がいた。

「お前今すっげー失礼なこと考えたろ」
「いやーそんなことないよー。
っていうかこの部屋も暑い。ここもエアコンないの?」

勘だけは野生並みな燐のじと目をかわして、近くにあった椅子に座らせていただく。
燐は二段ベッドの下の段で寝そべっていたらしかったが、今はあぐらを書いてこちらを向いていた。

「雪男に用って、何しに来たんだ」
「雪男君に用っていうか、雪男君の持ってるどこでも行ける鍵を使わせて欲しくって」
「しばらくは帰ってこねーぜ。任務とかなんとかで」
「えええ…そんなあ。せっかくここまで歩いて来たのに……」


がっくりと前屈みになる。もはや部屋に戻る気力もない。
部屋に戻ったところで私の部屋も暑いのは変わらないのだ。さらに歩いてきたせいで倍増出血大サービスな発汗量。
これは干からびるな私。ちょっとは体重減るかな。だったら良いな。
胸元を摘まんでパタパタと風を送ってみると、おや、案外涼しい。
汗で貼り付いていた服が剥がれ、ついでに風も来て一石二鳥。暑いからとブラジャーを外したのも正解だったかもしれない。
そこではたと思いつく。
私は今ブラジャーを着けていない。にも拘わらず前屈みの体勢で無防備にも胸元を開けて扇いでいる。
向かいに座っているのは、燐。

「おお、おおおおま」
「…おお、清々しいくらいのどもりっぷり」
「あっち向いてやれえええ!!」

顔面どころか全身を真っ赤に染めた燐が叫ぶ。慌てて言われた通りに背を向けるその一瞬、ピンと立った尻尾が見えた気がしたのは、夏の暑さが見せた陽炎だろうか。




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