短話

□フェイク
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「吉良、くん…!」

未だにその苗字で呼ばれて立ち止まってしまうのは、まだオレが吉良ヒロトの影を引きずっているからなのかもしれない。
誰もが、“オレ”を“彼”だと思って呼び止める。誰もが“オレ”に“彼”を求める。そのあと事実を知って失望した顔と言ったら。
そこまで知っていて尚反応してしまう自分自身に腹が立ち、苦渋を噛み締めて振り返る。
そこに声を発した少女がいた。瞳にいっぱいの希望を浮かべて。

「吉良くん、だよね。吉良ヒロトくん」

「いや、オレは」

違うんだよ、と言いかけて、その言葉は止まる。少女が、抱き着いてきた、から。
ぐらりと後方に倒れそうになったのを、一歩足を引いて踏み止まる。少女とは表現したけれど実際彼女はオレとそう変わらない年齢だと思わせる、それくらいの背丈だったのだ。

「っちょ、」

「また会えるなんてゆめみたい、うそみたい」

きらくん。きらくん。きらくん。
その苗字は一生涯オレをがんじがらめにして、二度と自由を与えないつもりなんだろう。





(一生誰かの偽物として。)
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