中話

□正義を翳すには悪辣すぎた
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最低ね。
階段の上から俺を見下ろしたそいつは俺を睨み、汚ならしいものを見るようにそう吐き捨てた。
全てを見られていたのだと理解し、一気に焦りが噴き出す。

「お前…今の」
「見てない筈がないじゃない。ここ、事務所内よ?誰がいたっておかしくない。なのに」

軽蔑の色が強められる。

「アイドルが、夜中に彼女とお戯れ?ちょっと無用心すぎね」
「違う!あいつは、七海は恋人とかじゃ」
「へえ、キスまでして恋仲じゃないっていうの?」

決定的な事実を突き付けられ、反論に詰まる。言い訳もごまかしもできない。一部始終。全てを、見られていた。
そいつは七海が去った方向を一瞥し、俺を見る。

「そう。七海ちゃんっていうんだ、あの子。珍しい名字だね。
……ウワサ。流したらすぐ特定されちゃうね?
そうしたら君のファンが黙ってない。彼女、ただじゃ済まないだろうね」
「てめえ!何が狙いだ」

狙いは金か、謝罪か。それともST☆RISHの解散か。
そいつは俺を見下ろしながら、薄く口を開いた。心臓の鼓動が乱れる。俺のせいでST☆RISHが解散?七海も苦しむ?
一瞬のうちに巡る最悪の事態。
声は、一拍遅れて薄暗い社内に響いた。


「別に、なにも」


身構えた身体に降りかかる、予想外の言葉。反応できず、目を丸くして立ち尽くす。

「は……?」
「何勘違いしてるの?
私はあなたたちに恨みがあるわけでも、キミの彼女を陥れたいわけない」
「じゃあ、どうしてこんな脅すような真似を、」
「どうして?」

子どもの作った出来の悪い粘土細工を見るように。救いようのないものを見るように。そいつは嗤った。
七海の優しくて純粋な笑顔とはまるで違う。冷血で傲慢で優越感に満ち溢れた、けれどそれは、勝者の笑みだった。


「君をに恋をし、慕い、信じてくれている沢山のファン。
君が一番大切にすべきだった信頼と絆を、誰でもない、君が自ら裏切った事を教えたかったからだよ」


正義が、俺をぶん殴る。





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