中話

□制服の威力とは
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「―――では、10分の休憩後、質疑応答に入ります」

プレゼンターのその言葉で、幾人かの人が休憩に立ち上がる。
自分の目当てである天水館再開発の資料は手に入った。長居は無用。早く帰ろうと、パイプ椅子から立ち上がりかけた矢先。


「あの、すみません」


隣の人が声を掛けてきた。その人を見ると、そこに座っていたのはスーツが似合う眼鏡の男性。どこかで会ったような気がして、小首を傾げた。

「あなたは…」

「鯉淵修といいます。先日は、マフラーありがとうございました。あれから中々お伺いする機会が無く、返せずじまいで…」

バツが悪そうに話す彼の言葉で、ああマフラーを貸した人かと思い出す。素の性格なのか、随分畏まった話し方をするひとだ。


「マフラーなら、急ぎませんから大丈夫です」

「そう、ですか…」

不意に彼は片手眼鏡を押さえた。なぜかちらちらと私の顔を見たり、スカートから覗く太ももを一瞬見たり天井を仰いだりとさんざん視線をさ迷わせて、わざとらしい咳ばらいをした。

「それにしても…まさか、学生、だったとは」

どこか頬が赤らんでいるように見えるのは照明の角度のせいなのか、それとも寒いせいなのか。しかし制服を着ていると、やはり学生にしか見えないらしい。

「今日は、お一人で?」

「はい」

「夜道も危ないですし、その格好では…。この説明会が終わったら…その、貴女がよろしければ、なんですが…送って行きますが…」

「送る?」

「いややましい意味はなくてですね!途中で私の家に寄ればマフラーも返せて合理的かつ安全かと思った次第で!!」

なんだか、とても一生懸命だ。たった一回会ったことのあるだけなのに、なぜそこまで気にかけてくれているのかわからない。そんなにマフラーが有り難かったのか、すごく心配性なだけなのか。


「…でも私、今から帰りますので」

「え」

人の好意を断る時には、申し訳なさそうな笑顔が基本だとバイト先で聞いた。
出来るだけ眉尻を下げて控えめな笑顔をつくってみる。所謂一種の営業用スマイル。あまり上手くできている気はしないけれど。

「…ごめんなさい。でも、お気遣いありがとうございます。嬉しいです」


何か失礼だったのだろうか。
彼はみるみるうちに真っ赤な色に頬を染め、微動だにしなくなってしまった。
…何か、デジャヴ。


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