長話

□防寒ウィンター
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冬も本格化して、外に出るにはマフラーが手放せなくなってきたころ。
バイトから帰ってくると、天水館の前になにやら不審な人影があった。

「……?」

入ろうか入らまいか、という心の葛藤がとてもわかりやすく現れている。どうでもいいが、そこにいられると私が入れない。

「あの」

「はっ!!?」

その人はあわてふためいて向き直りめがねを格好よく上げ直した。身長が高い。黒い背広も似合っている。ただ、異様に頬が赤かった。

「このアパートに、何か御用ですか」

「いえいや!私はただ、その、偶然ここを通り掛かったので、つっ、月海さんに、挨拶に…」

頬の赤みが耳まで達している。これはどうも寒さだけの問題ではないらしい。
しかし、見れば、彼が着ているのはその背広だけだ。見ているこちらも寒い。

「会わないんですか」

わざわざ会いに来たのに、戸惑う理由なんて解りきっているけれど。

「いや…今日のところは帰ることにします。申し訳ありません、邪魔をしてしまって」

「そうですか」

私の横を通り過ぎ、とぼとぼと帰路を歩く後ろ姿はまるでフラれた男のよう。不意に、今日はとても寒くて冷え込んでいることと、今の人が寒そうにしていることを思い出した。寂しい背中に声をかける。彼が振り返った。
小走りで近付いて自分の首に巻いていたマフラーを解いて差し出す。男性は訳が分からないといった風にレンズの奥で瞳をぱちぱちやっていた。

「え…」

ぽかんと突っ立つ男性の片腕を掴んで引き寄せて、剥き出しの掌にマフラーをぐるぐる巻き付けていく。空いているほうの手でめがねを押さえた男性が、戸惑いがちに事の成り行きを見ていた。

「これは……?」

どうやら分かっていないらしい。そういえば、どうしてその行動をしたのかを相手に伝えないと怪しまれる、と千絵子さんに注意されたことがある。それを
思い出して言葉を付け足した。

「今日は寒いですから、貸します」

どうせまた月海に会うことがあるのだろう。その時月海に渡してもらえればいい。男性を見上げた首がスースーした。
何か失敬をしたのだろうか。そんなふうに凝視されると、困る。







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