闇を切り裂け、流れ星

□ある下町の災難
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帝都ザーフィアスの南端にある下町。
水道魔導器がまともに機能しなくなったその町では制御出来なくなった排水装置が逆流を、給水回路が暴走を始め、時間が経つにつれてその勢いを増していた。そのうち町は水で溢れ返り、水没とまではいかなくとも多大な損害を被るだろう。
その根源である故障した水道魔導器の周りにはどうにか水をせき止めようと町中の人間が砂袋を持って右往左往していたが、地道な努力はむなしく水は既に人々の膝元まで浸っている。


騒がしいその場所に一人、騒ぐでもなく、町民に加勢するでもなく佇む小柄な影があった。
人々はそれを気にする余裕もなく通り過ぎる。また一人、老人――この下町の老翁であるハンクス氏がせかせかと通り過ぎようとした時、その人物は初めて口を動かした。

「あの」

控えがちな、しかし透き通る声。老人が立ち止まったのを確認し、さらに言葉を続ける。

「お手伝いしましょうか?」

それを聞いた老人の顔が明るくなる。

「本当かい!?助かるよ、魔核が盗まれてしまってねえ…。
向こうから、土のうを持ってきて――」
「いえ、必要ありません」

きっぱりと言い切った声に、老人――ハンクスは眉をしかめた。昔に比べれば衰退した視力に聴力。よくよく見れば、よくよく聴けば、それはまだ幼けない面立ちの少女。

「あんた、見ない顔だね」

貧しいが故に住人間の繋がりが強く、町ぐるみで家族付き合い同然の付き合いをしているこの下町に於いて、互いに“顔を知らない住人”はいない。つまりこの少女は余所から来たという事になる。
しかしめぼしい観光地や名物があるわけでもなく、さらに治安が良いとは言えない下町に来訪者は珍しい。帝都の人間がわざわざ下りてくる理由もないが、外から来た旅人ならば尚更、ろくな宿のない下町に用は無いだろう。

一体何者なのかと訝しげに眉を顰める。と、水道魔導器の逆流が一際強くなり、噴水のように潮を噴いた。あたりに大粒の雨が降る。
やはり手作業では追い付かない。

「で、あんたどうするんだい?何か策があるのかい?」

藁に縋るような心情で少女を見れば、少女はにこりと笑って答える。それはこの騒動をなんら危機と捉えていない、余裕すら感じさせる笑顔だった。


「信じて下さるんですね。
大丈夫です、塞き止めてみせますよ。
…ただ、少々荒業になっちゃいますけど」




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