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□笑いながら泣くだなんて、わたしは気でも触れたのだろうか
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ふわりと。
イタリアの雑踏の中で、造りもののような甘い香りがした。かぐわしい、花の香りだ。
無意識に首を回して匂いの元を探すと、少し離れたところに誰かが持つ花束を見つけた。
けれどそれはすぐに人ごみに飲まれて見えなくなる。

しばらくその場を動かずにいた。視線を花束があった場所から外せずにいた。不思議な魅力に取り憑かれてしまったかのように。
老若男女のたくさんの人達が、立ち止まったままの私を避けながら通り過ぎる。

人ごみが途切れた。

花束は、まだそこにあった。
いや、この表現は少し違う。花束を持ったひとは、まだそこにいた。

私と同じように互いに向かい合って、まるでその場に縫い付けられたかのように。時が止まって、世界に私とそのひとしかいないように。

花束から視線を上げてそのひとを見た。しろいひと。そんなことを思った後、はっとする。
知っている人だ。どこかで会った。

どこで?
わからない。
いつ?
わからない。


けれどいつか会ったはずの人。

果てしない遠くの、靄がかった記憶の中に。


花束を抱えた彼が、目を細めて笑った。
瞬いた瞳から一筋の涙が伝った。笑いながら泣くだなんて、私は気でも触れたのだろうか







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