短話
□縮まる距離 縮まらない距離
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友達にそそのかされて、次の休日にカラオケに行くことになった。
なんとは無しに承諾したあとに、私は後悔に襲われる。
そういえば、私は音痴だったじゃないか!と。…そのようなわけで、私は我が家のボーカロイド2号、カイトに歌を教わることにしましたとさ……なんだか、昔話みたいだ。
さあ、普段の主従関係が逆転して、今日は私が調教される番だ。
「あー」
「違いますマスター。そこは1オクターブ下がって……
“あー”ですよ」
カイトが楽譜を指でなぞりながら、甘い声で指摘される。
卑怯だ……そんな思いが頭を過ぎる。
そんな清んだ声でお手本されたら、自信喪失するじゃないか。
あっちはボーカロイドで、私は人間なんだから。
気を取り直して、咳ばらい。
「わ、わかった。
あ……あー」
「そう、上手です」
にこっと笑って褒められる…なんだか無性に照れくさくなって、見上げて笑い返す。カイトの包容力抜群の笑みには到底敵わないだろうけれど。
…私も。
私もボーカロイドだったら。
最近、そう思うようになった。ボーカロイドになって何をしたいのか、なんでそんな事を考えるようになったのか、自分でもわからない。人でいるのが嫌になったからかもしれない……
誰もが1度、鳥になって空を自在に飛んでみたいと焦がれるように、ボーカロイドになってみたい。そんな思いだ。
「マスターの声」
空想に耽っている自分の頭上から降ってきたのは、カイトの小さな声。よく聞き取れなくて、自分より頭2つ分大きな背のカイトを見上げる。
「なに?」
「マスターの声、とてもかわいらしいです。」
わあ、よく照れもせずにそんな台詞を!
天然たらし、とはよく言ったものだ。
「そんなお世辞……ありがと。
私も、カイトの歌好きだよ。透明感あって綺麗だし、英語だってバリバリできるし……やっぱりボーカロイドってすごいよ。」
「ありがとうございます、マスター。」
そこまで言って、カイトの顔が曇る。
「でも俺、人間になれたら…ってたまに思うんです」
「……どうして?いいじゃない、ボーカロイド」
思わず首を傾げて、頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。私と反対の考えだ。いや、むしろ同じかもしれない……。
カイトは少し切なそうな笑顔を浮かべた。
「だって、ボーカロイドがマスターに恋をしたら変でしょう?」
青い蒼い碧い、海よりも神秘的で綺麗な瞳で真っすぐ私を見つめ、真剣な口調でそう打ち明ける。
今カイトが言い表した言葉を、アンテナがキャッチして脳内が解析していく。言葉の裏にある感情、悩事。そうして私は、(1番大事な部分を解せずに)カイトの悩み事の真理を導き出した答えは―
――カイトには、好きな人がいるのかもしれない…という推測。
…これは応援せねばなるまい。カイトのマスターとして、しっかりと自信を持たせてあげなければ。