短話
□魂の売買
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(現代パロ)
カンニングが、バレた。
完全に油断していた、今までずっとバレたことなんてなかったから。罪悪感も緊張もなく、朝起きて顔を洗うのと同じ感覚で。
それがいけなかったんだ。
先生の手が伸びてきた時。
こめかみの辺りからさあっと血が消えて、つま先が地についた感覚がしなかった。蘇ったのは罪悪感と緊張。それと動揺。
やばい、やばい、と思った時には、もう、遅かった。
「そこ座れよ」
先生が指したのは先生の椅子だった。どうしてか職員室なのに職員どころか人っ子一人いない。呼び出されて先生達の注目の的になるのは御免だが先生と二人きりでお説教も、いやだ。
普段騒がしい職員室なだけに静まり返っていると余計に居心地悪い。
先生は、どかりとフレン先生の椅子に座り込んだ。
ちらりとこちらを窺い見た先生から視線を反らして、フレン先生の机は綺麗だ、とか、どうでもいいことを考える。
それは上辺で、心臓は早鐘を通り越して止まるぐらいに勢いが悪い。いっそ止まってくれたら楽だ。
沈黙が、辛い。
成績、下がるんだろうか。
ズルした生徒にペナルティがない訳ないじゃないか。馬鹿か自分は。
他の先生にバレたらさらに評価が下がる。信憑性も、下がる。今まで大人しく優等生を心がけてきたのに。進路、推薦は出なくなっちゃうのか、自分はホントに馬鹿だ。あ、親。親に連絡されたらどうする!?小学生じゃないのにそんなことは、でも、わざわざ呼び出すってことはまさか
「今な、先生ら職員会議で会議室にいんの」
ドクリと心臓が驚く。内容がカンニングに関してのことではなくて安心した反面、関係ないことから始まった会話に、説法は長引きそうだと覚悟した。
先生は私の方を見ずに自分の髪の毛をいじっている。
「ホントはオレも出なきゃいけねえんだけどな」
それは、おまえのせいで出られなくなってどうしてくれる、ということなのか。
ごめんなさいごめんなさい、謝るから見逃してください。
時を戻したり、忘れてくれるならいくらだって謝るのに。
「先生、ごめんなさ」
「謝んなよ。もうわかってんだろ、いけねえことだって」
「…はい」
「それに、困るのはオレじゃなくてお前だしな」
相変わらず先生は私を見ないままだった。
自業自得なのは分かりきってる。謝らせるのが目的じゃないなら。わざわざ職員会議を休んで、私を呼び出したのは、やっぱり親に、
「親には連絡しねえよ。小学生じゃあるまいし」
「、え」
「『親に連絡されたら死ぬ』って、顔に書いてあんぞ」
くつくつと笑った先生の、意図が分からない。じゃあ本当に、ただ説法するために、会議を休んだのか。それとも会議を休む口実として、私を呼び出したのか。先生ならその線もありえないこともない。
この状況を切り抜くために、頭がフル回転してあらゆる可能性を提示する。
でも先生は謝る必要がないと思っている相手に説法や罰則なんてする性格じゃなかった。
「で、おまえを呼び出した理由なんだけどな」
私の考えている疑問の核心をつく言葉にハッと顔が上がる。親でもない、叱るでも説教でもない。罰則でもなかったとしたら、私はなにをしたらいいんだろう。なにをすれば最善なんだろう。
「おまえ、成績落としたくないだろ?」
「は、い」
「で、教師達にバラされたくもない」
頷くと、教室の奴らにはバレちまったけどな、と最も思い出したくないことを言い添えた。
「わた、私はどうすればいいんですか」
誰にもバラされず成績や進路に影響ないようにしてくれるなら罰則だって雑用だってなんだってする。お願いだ。
無意識に縋るような私の声に、先生はとうとうデスクチェアを回して私と向かいあった。
あれ、先生、なんで笑って。
「そうこなくっちゃ、な」
瞬間、悪魔の契約という言葉が私を埋め尽くした。
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