洋書

□Dei et mi familiae
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扉を開けて、ダンテは文字通り、硬直した。

足下に渦を巻く、どす黒い血のような流れ。
事務所の床を覆いつくし、耳障りなうめき声を発しながら、さながら床を這いずるように蠢いている。
それは泥濘や底なし沼のようにどろどろと滞留し、ダンテの足へまとわりつきながら、しみの一つ、水滴の一つ、付くわけでない。
「何だ…どうなってるんだよ…!」
「悪夢よ」
聞きなれた声の方を向くと、ケルベロスを命綱に天井へぶら下がるレディの姿があった。
しっかり他の魔具も引き上げてくれているのはありがたい。
「悪夢?」
「バージルの眠りだか夢だかに悪魔が憑いてるのよ。もしくは、バージルの魔力そのものが暴走してるのか。わかんないけど、とにかく原因はバージルが今見てる悪夢!」
「何でわかる」
「ケルベロスが教えてくれたのよ!とにかく、どうにかしなさいよ。事務所に着いた途端、これなんだから!」
「わかった、バージルは俺が起こしてくる。お前は下へ降りて待ってろ」
「冗談でしょ!?そんなとこに指一本でも触れたら、人間の私なんか魂吸い取られて死んじゃうわよ!」
「……え?…でも、俺は何ともない――」

「わかんないの?“ダンテ”だから無事に突っ立ってられるのよ。双子の弟のあんただから、バージルも悪い夢を見ないってことじゃない!」

ダンテが階段を駆け上がっていく。





寝室へ飛び込むと、部屋を覆い隠す悪夢の中、青白い氷のような霊気に閉ざされたベッドで、軽く眉をひそめて眠るバージルがいた。

「バージル!?」

伸ばした手の触れる先から、悪夢が消えていく。
抱き起こしても、しかし、バージルは目覚めない。

「バージル…!起きろ、なあ、バージル!」

這い回る悪夢が、暁に切り裂かれる闇のごとく薄れる。
それは眠れる冥剣士に戻るでもなく、忌むべき砂と血へ帰ることもなく、ただ、手を差し伸べる者の手に触れたことで消えていく。

「バージルッ!」

はっ、と青い眸が開いた。

「これが、お前の望みか…?」

「え…っ」
聞き返す間もなかった。
首ががくりと落ち、兄は再び眠りへ戻った。

白い喉が鮮烈に目を打った。




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