洋書

□悪夢
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降り注ぐ雨音が、さあさあと耳元をすり抜けている。
淡いガラス絵の笠ごし、柔らかな光を投げかけるスタンドをはさんで、ダンテはネリーと向かい合っていた。

「ネリー、俺たちに話し忘れたことはないか?」

少女の黒髪がふるふると横に揺れる。
だが、その大きな瞳は幾度もまたたき、ダンテと窓の外を忙しなく行き来する。

「何でもないように見えて、実はとんでもない大当たりってことも有り得る」
はっと、ネリーがこちらを向いた。
ダンテが穏やかに微笑んでいる。
「小さなことが、棘みたいに刺さって苦しかったりもする。そんなときには、誰かに話しちまうほうが、よっぽどいい」
ネリーの瞳に、涙が盛り上がる。
「おじさん…」
「ん?」
「あの…夢の話…」
「そいつは大事だ」
「続きがあるの…」

ダンテの眉が微かに動いた。
が、動揺をおくびにも出さず、頷いた。
「話してみな」


「夢の中で、私は嵐のヘザー湖にいるの。…連れて行かれるの…」
「何だって…」
「行きたくないけど、夢ではいつも最初から湖にいて、逃げられない…」
「あんたを連れて行く張本人は、誰だ…?」
ネリーの瞳から、また大粒の涙がこぼれる。
「言ったらお父さんを殺す、って…」
「そいつは…」

言いかけたとき、玄関から間違えようもない話し声が聞こえてきた。
「バージルが帰ってきたな」
ダンテは優しくネリーの頭を撫でた。
「バージルにも聞いてもらおう、あんたを怖い目に遭わせるのは誰なのか…」





帰ってきたバージルを迎えたバートン夫人は、戸惑ったような表情になった。

「いったいどうなさったの?お帰りはもう少し遅くなると…」
「ネリーの“悪夢”の正体がつかめた」
「まあ…」
周囲を見回す夫人に、バージルもまた視線を走らせる。
「ダンテ、それに、ネリーも呼んでもらおう」
「は、はい」
彼女が娘の部屋へ向かうより早く、ダンテがひょいと顔をのぞかせる。
「バージル、帰ってきたのか。丁度いい、ネリーの話を――」

瞬間、バージルは扉へと走った。
「ネリーから目を離すなッ!」
「!」
同時に、ネリーの悲鳴、そして大きな物音が響いた。
一つはルシフェルの爆発音、もう一つはすぐ後ろだ。
バージルが舌打ちして振り返ると、開け放たれた玄関から激しく風雨が吹き込むのみ。

そこへ、ダンテが駆け寄ってきた。
「バージル、やられた…ネリーが神隠しだ」
「…こっちもだ」
「ん…!?」

妻の姿も、忽然と消えてしまっている。

激しさを増す雨が、風に揺れる扉から吹き込み始めていた。




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