洋書

□シェオルの沈黙
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デスクの上に、二枚の写真が置かれた。
一枚は、色の白い、どこか気弱そうな微笑の美青年が写っている。
もう一枚には、少し眉をひそめるような表情で写る、これも若い官僚の姿。
「それぞれ、鄭公業、秧輯といいます。もう二人とも亡くなっていますが」

「その昔――董仲穎独裁政権の頃です。私は、同志たちと共に独裁者暗殺を計画しました。ところが、手広く声をかけすぎたのか、大失敗でしたよ。伍伯瑜氏の即決処刑を皮切りに、同志たちはみんな逮捕されてしまいました。私も捕まって、牢屋にぶちこまれましてなあ。いやはや、あの時は参りました」

あっけらかんと話しているが、あの当時、国家反逆罪に問われた者が「ぶちこまれ」る牢獄といえば、宰相直属の恐怖監獄に他なるまい。

「親愛なる同志・何伯求は、このとき、尋問で仲間の名を自白してしまうことを恐れて、自ら命を絶ちました」

恐怖政治を支える柱の一つであった監獄では、連日多くの官吏が虐殺され、収容された者は運が良くて虐待の日々、普通は凄惨な拷問によって廃人となることを覚悟しなければならない、まさに地獄の要塞であった。

「当時の記録を見るに、故・何伯求が謀議の中心であったことは、各国の専門家も指摘するところだな。彼は他にも数多くの謀議、亡命計画に関与していた。自殺したのは、その情報が漏洩するのを恐れてのことだろう」
そう言って、温和な表情の参謀長を見やるが、彼はにこにことした表情を崩さず、何も答えない。

「無論、生き延びた者たちもいましたがね。それでまあ、こちらも調べてみましたら、機密を漏らしたのではないかという疑いのある者が、二人、浮かび上がりました」
「それが、この二人というわけか」
「はい」
「あなたは、この二人をどう評価していた」
「素質に難があるというわけではありません。特に、鄭公業は人を見抜く目を持っていましたからね。ただ――」
「二人とも口が軽かった、か」
「いやはや、そういうことですなあ。あの頃は、人数を揃えるほうが得策と、人選に走りすぎました」
密謀は少人数で行なうもの、というのは、古今東西の鉄則である。
「まあ、鄭公業は軽薄ではあっても、身を守る本能には長じている男です。人を説くときも、決して情報の精度は低くありませんでしたなあ。彼は、結局、揚州知事に赴任する途中で死にました」
「そして、秧輯は後年、現首相の暗殺計画に加担し、処刑」
「仰るとおりです。ところが、最近になって、監獄内部に亡命を幇助する組織が存在していたことが発覚しましてなあ」

その機関は、元々、独裁政権や軍閥の抗争で混乱を極めた情勢において、良心的な典獄たちが結成した抵抗組織のようなものだった。
それが、曹氏による軍事国家化に反発するかのごとく、反体制派を亡命させる組織へと変貌していったというのだ。

「名簿も押収しました。建安8年の項に、確かに秧輯の名前があり、収監当時の官職も一致します。つまり、彼はどこかへ逃げおおせてしまったというわけです」

「その男を殺せ、というわけか」
暗殺であれば、双子の仕事ではない。
すると、荀公達は慌てて首を振った。
「とんでもない、それはあなた方の仕事ではない、そうでしょう」
「…確かに」

「私がお願いしたいのは、メッセンジャーなんです」



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