引渡しのためか、城内は思ったよりも閑散としていた。 あてがわれた部屋へ着いた時には、時刻は既に午後4時近かった。 「今日の日没はいつだっけか」 「午後6時37分」 「あと2時間半か…ま、何とかするっきゃないな」 用意された城内の見取り図に目を落とす。 「それにしても…気配を感じないな。さっきは、館の外にいるせいかと思ってたが…」 「だとすれば、城そのものに潜んでいるのではなく、魔方陣を媒介に出現するタイプだな」 封印されなかったり、封印が破られた魔方陣が、何かの条件が揃って悪魔を召喚してしまうことは、ままある。 いわば人工の歪のようなものだが、多分に偶発的で、普段は沈黙していることが多く、発見は難しい。 「え…じゃ、どうやって探すの?…まさか、一部屋一部屋ぜんぶ調べるんじゃ…」 「まあ、そういうケースもあるな」 「うそぉーっ!」 何十という部屋をたった3人で探索する光景を想像して、パティは青くなった。 「いい加減なことを教えるな、ダンテ」 バージルが呆れたように弟をたしなめる。 「安心しろ、家捜しをするのは一般の住宅だけ、それも滅多にないことだ」 「ーっ!ダンテ!!」 「あっはっは、悪かったよ、場所の目星は付いてるから安心しろ」 「もうっ!全っ然笑えないわよ!おんなじ“安心しろ”でも、ダンテのは信用ならないわ!」 「おいおい、手厳しいな」 「自業自得だ」 さらりとつっこみ、バージルは地図の一点を指し示す。 「ダンテ、見ろ」 「あったか?」 「ああ。西棟――こちらが居住棟だな、真西が礼拝堂、そして使用人の部屋の隅。あとは…」 「ビンゴ!北西の建て増し部分に一箇所だ」 「ふむ……では、ここから当たるか」 きょとんとした顔でやり取りを眺めるパティに、ダンテは改めて地図を見せる。 「さっき言ったろ?目星は付けやすいって。地下を探すんだ」 「地下?」 通常、悪魔を呼び出す場所は地下に造られる。 その場所も、深ければ深いほど良い。 なぜなら、彼らの世界たる地獄、魔界に近付くからだ。 逆に、眠らぬ魂――すなわち怨霊の類や、デーモン(悪霊:あくれい)を使役する場合は地上で儀式を行なう。 これらは、人に憑こうと地上を彷徨うため、人の出入りがある、もしくはあった場所の方が引き寄せやすいのだ。 「地下で怪しい儀式、ってのは、映画だけの話じゃないってことさ」 「じゃあ、そうと決まったら行きましょ!もう夕方だもの」 「おーっと待った」 「え?」 「悪いが、ここから先は俺とバージルだけで行く。パティはここで留守番だ」 「そんなぁ…」 つまらなさそうにベッドの上で脚をパタパタさせるお嬢さんに、ダンテは苦笑した。 「ここまで来るのだって疲れたろ?ゆっくり休んどけ。ユニコーンをおびき出す乙女は、じっと座って待つもんらしいぜ?」 「…はーい」 悪魔という存在やその恐ろしさを知っているだけに、パティは案外と素直に聞き入れる。 その様子に微笑していた双子だが、ふと、バージルが何かを思い出したようにダンテのほうを見やった。 「ダンテ、例の…」 「おう」 「?」 ダンテが持ってきたのは、部屋の隅に積んであった大型のトランクだった。 鍵をはずし、蓋を開ければ、中から見覚えのある紫色の奇抜なギターが姿を表した。 「これ、事務所にあった…」 「ああ、ネヴァンていうんだ」 「ネヴァン…?」 「さあ、仕事だぜ、ネヴァン!」 ダンテの声と共に、トランクにおさまっていたギターが一瞬にして黒い霧と化し、中から飛び出してきた。 「ダ、ダンテ…これ何…!?」 「まぁ、見てろって」 床にわだかまった霧状の“ネヴァン”がダンテと同じ高さに立ち上がったかと思うと、まるで霧をかき分けるように、赤い髪の女が姿を現した。 死人のように青白く黄ばんだ肌、金色に瞬く瞳。 それは、彼女が人外の者であることを示すに充分だった。 「呼んだかしら、坊や?」 耳ではなく、脳裏に直接囁くような声だ。 パティは思わず、側にいるバージルにしがみついた。 「俺たちが戻るまで、そこのお嬢さんを守っててくれ」 「お安い御用だわ」 ネヴァンが視線を向けると、パティはバージルのコートの裾にかじりついている。 「パティ、心配すんな。こいつは俺と契約してる魔女。契約者の許し無しに人間を傷つけたりしない」 「う、うん…」 ダンテの言葉に少し安心したのか、おずおずと前に進み出る。 「あ、あの…よろしく…」 「ええ、よろしく、小さなお嬢さん?」 可愛らしい反応が面白いのか、ネヴァンはくすくすと笑っている。 「随分と彼女に信頼されてるみたいね、坊やにお兄さん?」 「まあな。言っとくが、そのお嬢さんにおいたは許さないからな」 子煩悩な若い父親を見るような様子に、ネヴァンはさもおかしそうに笑った。 「ふふふ、安心なさいな、私が手を出すのはスパーダみたいな“いい男”だけよ」 彼女がそう言うと、妙な説得力がある。 ともかく、準備は整った。 「じゃあ、そろそろ行くか」 「ああ」 部屋を出ようとした双子の前を、小さな蝙蝠が飛び出ていく。 ネヴァンの使い魔だ。連絡役ということだろう。 「じゃ、おとなしく待ってろよ?」 「それほど時間はかけん」 パティに笑いかけて、ダンテたちは部屋を後にする。 |