洋書

□La Bravez Fille
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まばらな人家、広がる畑、川や林、田舎というニュアンスをそのまま風景にしたような土地を行くこと2時間。
結局、城に到着したのは、日も傾きかけようかという午後3時だった

「なるほど、こんな場所なら、そりゃ通いのお手伝いも泊まらざるを得ないよなぁ…」
白く輝く天守の塔を眩しげに眺めて、ダンテは簡単の溜息を漏らす。
予想していたより、はるかに立派な城館が目の前に聳え、まさに、中世の名残を色濃くとどめる城砦というに相応しい。
ぐるりを深く広い堀に囲まれ、数mに及ぶ分厚い城壁を堅持する、そのたたずまい。
「すっごーい…!」
本物の城壁や堀など初めて目にしたパティは、つぶらな瞳をさらにまん丸にして、感嘆の声を漏らした。
幅が数十mはあろうかという堀には太い鎖の跳ね橋が下り、その向こうに鉄柵と鉄扉に閉ざされた門が見える。
それこそ、歴史映画でしかお目にかからないような、正真正銘、中世の城だった。
「こりゃあ立派なもんだ」
雲を突き抜けるような魔界の塔や、悪意に満ちた妖魔の城を散々目にしたはずだが、ダンテは目を丸くして見入っている。
「あんなの、瘴気と悪魔のごった煮だけで、わざわざ見ようって気にならないだろ」
至極もっともで、至極ダンテらしい、明快な回答だった。
「でも、これじゃ中に入れないわよ。依頼してきたのは向こうなのに…!」
来客へのマナーがなってない、とお冠のパティだが、彼女の言うことはもっともだった。
「事前の説明どころか、案内役もいねぇ、ご丁寧に鉄格子までとは…ちょいと貴族らしからぬ無作法じゃねぇか、おい」
「お前が他人の無作法を咎められるのか?」
鋭い指摘に詰まったダンテを後目に、バージルはちらと時計に目を走らせる。
「約束の時間だ」
眉間が浅くひそめられた。
普段ならば、契約不履行のかどで帰りかねないが、今回は帰途の手段が無い。
何しろ、広大な私有地ゆえにバスはおろか車もめったに通らない。
昼の日中に魔人の姿で飛んで帰るわけにも行かない。
兄の眉間のしわが一層、深くなるのを、触らぬ神に祟りなしと肩をすくめるダンテだった。

と、その時。
太い鉄格子が、重い音とともにゆっくりと引き上げられた。
ぎしぎしと軋みながら完全に引き上げられると、巨大な鋲で補強された鉄の扉が開いた。
分厚いそれは、木に鉄板を打ちつけた一般的な城門ではなく、中まで完全に金属製らしい。
防御力は高まるが、開閉に時間がかかる分、奇襲などには不利だろうと思われた。
「ったく…随分と時間がかかるお出迎えじゃねーか」
ようやく開かれた扉の向こうには、広い石畳の通路と刈り込まれた芝生が広がっている。
が、相変わらず、出迎えの一人、案内人すらも現れない。
「ちょっとぉ…依頼しておいて、こんな態度は失礼じゃない!」
機嫌を悪くするパティの頭へ、バージルはなだめるように手を置いた。
もっとも、パティが双子たちのために怒ってくれていることも、解っているのだが。
「そういうものだ。お前が気にすることはない」
ぽんぽんと軽く撫でてやると、パティはため息をついて頷いた。
刺々しい空気を払うように、ダンテは勢いよくリベリオンを肩へ担いだ。
「さあて、行くとしようか。イカレたギャロップのお相手にな!」



青と赤とクリーム色の人影が、年経た城砦の門をくぐっていく。
自分の肩へ、保護するように置かれた大きな手。
その温かな腕越しに、パティはふと、あの鉄格子を見上げた。

まるで、自分たちを飲み込むのを待ち構えているような、悪魔の顎に見えた。



「ほう…」
「こりゃあまた…」
「すっごい…」
城館の前に立つと、真っ先に目を引くのが、上部にずらりと並ぶ円塔だった。
シャトーの有り様を残す塔は、白い化粧石がうららかな午後の光に輝き、青空にもよく映えるが、何より、その堂々たる巨大さに目を奪われる。
まるでロマネスク様式の建築を思わせる塔の群れの下には、整然と窓の列が並ぶ北イタリア風ルネサンス建築の城館が在る。
「なんだか、塔が大きすぎて、下のお邸が潰されちゃいそうね」
塔や天守のずっしりとしたフォルムに、パティが正直な感想を口にした。
城館が装飾性豊かなので、尚更そう見えるのだ。
「改築して、天守や塔を原型に近いまま残すのは珍しい」
大概は、改築した城館との釣り合いが悪いため、壊したり縮小してしまう。
「恐らくは、塔の重厚さに見合う様式で改築したのだろうが…せめて館がローマ・ルネサンス様式ならば幾分かつりあっただろう」
懇切丁寧な兄の解説に、ダンテはこめかみを押さえた。
「勘弁してくれよ、仕事は建築史の講義じゃないんだからよ…」
「愚か者。基礎教養は信頼を得る近道だ」
「あんたのは基礎のレベルを超えてんだよ。俺には俺の専門分野があるの」
仲良く口喧嘩している間に、3人は広い前庭を経て、美しいブルーグリーンの扉の前にたどり着いた。
「馬…?」
ダンテが訝しげに呟いたとおり、扉には前足を高々と振り上げる白い馬のレリーフが一対で施されていた。
「紋章かしら…」
「かもしれん。偶然にしてはできすぎだが…」
ダンテは思わず、
(また馬車馬チキンレースとコロシアムの抱き合わせにならないだろうな…)
と、自分の体に宿る駿馬の悪魔を思い浮かべていた。



と、その時。
扉がゆっくりと開いた。
最初に現われたのは、一目でSPと判る、スーツ姿の精悍な男たちだった。
続いて、サブマシンガンを担ぎ、防弾ジャケットに身を包んだ軍人――徽章その他からすると傭兵に違いない――が姿を見せる。
物々しい警護に守られて出てきたのは長身の老人だった。彼こそ、ジョン・キルトンその人だ。
資料では1928年生まれとあるが、一回りは若く見える。とはいえ、口を硬く引き結び、身じろぎもせずダンテたちを注視する様は、いかにも気難しく、狷介そうな印象を与えた。
「お前たちが悪魔狩人とやらか」
第一声は、それだけだった。
ダンテは胸中で(こりゃ反りが合わなさそうなタイプだな)と呟き、バージルは(倨傲で性急、拙速を尊ぶが成果にうるさい)と判断していた。
が、よろしくない応対は便利屋稼業でよくあることだ。
「そうだ。便利屋“Devil May Cry”、俺がダンテ、後ろはバージル。それと、今回の依頼に協力してくれるパティ・ローウェル嬢だ」
「はじめまして」
紹介を受けて、パティは会釈する。
“Miss”と呼ばれたことが、ちょっぴり晴れがましい。
老人は軽く頷いただけで、ダンテのほうへ視線を戻す。
「私はフィルシャー卿ジョン・キルトン。依頼の内容その他は既に聞いているな」
「もちろん」
「では、話は早い。迅速なる遂行を求む」
「努力しよう」
悪魔がらみで高報酬のときは、ダンテもそれなりに芝居を頑張るのだった。




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