洋書

□La Bravez Fille
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「ったく、空港から車で2時間なんて聞いてないぜ…」

助手席でぼやきながら、ダンテが最後のドーナツにかぶりつく。ショコラ風味の生地にストロベリーチョコをかけた甘い甘いおやつを、さっきから12個も平らげているのだ。
この様子を見て、さすがに胸焼けを覚えるのか、パティはストレートティの入った水筒片手に眉をしかめている。
「その由緒で国家財産に寄付するくらいだ、辺鄙な場所にあって当然だろう」
疲れも見せず運転しているバージルが、弟の気をまぎれさせるためか、珍しく話題を振ってきた。
「どういう意味だよ」
「城と宮殿の大きな違いは何だと思う」
「大きな違い…?……解った…つまり――」
「戦争用に作られているか、そうでないか、ってことじゃない?」
「正解だ、パティ」
「な!俺だってそれを言おうとしてだなぁ!」
「大人気ないぞ、ダンテ」
「っ〜〜〜!バージル、続きは!?」
「やれやれ…。ともかく、だ。中世の都市というのは、城壁に囲まれた、いわゆる“街”があって、城壁の外に畑や牧草地、農村が広がっていた。有事の時には、農村の住民は城壁の内側へ逃れるわけだ。そういう都市、領地が点在して国を構成していた」
「なるほどねぇ。そういう時代の名残を、そっくりそのまま受け継いでる城だから、人家もまばらな場所にあるってことか?」
「ある程度攻めにくい場所に城砦を造るのは、築城の基本だからな」
「ま、エアフォースの飛ぶ時代に、そんな立地条件は関係ないけどな」
「それもそうだ」

中世の城は文字通り城砦、それも実戦において真価を発揮するものだった。
戦が始まると、近隣の領民は城壁の中へと逃げ込み、長い籠城戦に耐えなければならない。
だが、補給の問題を抱える敵軍も、辛い条件は同じかそれ以上だ。
近代以前の戦争で最も困難なのは、こうした城攻めだった。
一つの城――つまり都市だが、それを落とすのに莫大な時間と費用を費やすためである。
政治の最も下策が戦争であり、戦争の最も下策は城攻めである、と評したのは孫子だった。

「ところで、その城――フィルシャー城って言ったっけか。孫娘がいるんだろ?何で“寄付”になるんだ?」
現代において居住以上の意味を持たない“城”という存在は、所有者にとって税金と維持費が悩みの種だ。
そこでよく取られるのが、城を観光地として開放して集客する方法だ。
多くの貴族は都市部に住んでおり、わざわざ自分の領地の古城に引っ越したりはしない。が、爵位を手放さない以上、城も勝手に売買や譲渡もできないためだ。
中には有名無実化した爵位もあるが、基本的に先祖代々の領地を相続している貴族も少なくはない。
ところが“Lord Filsher”の称号を受け継ぎ、複数の相続人がいるはずのキルトン家は、本家本元の城を国家に寄付するというのだ。
「やっぱ維持が大変だから、息子の代で実を取って手放したとか?」
ダンテの問いに、なぜかバージルは困惑したような、何ともいえない表情になった。
「…キルトン家は代々が“フィルシャー伯”の称号を継いでいるが…」
「うん?」
「現在の当主――我々の依頼人のジョン・キルトンは“フィルシャー卿”ではあるが“フィルシャー伯”を継承していない。ジョンの従弟ランバート子爵ウォルター・キルトンが伯位を継承し、今はその長男が継いでいる」
「そのジョンじいさん、伯爵になれなかったてことか。自分の領地の名前が付いてんのに?」
「先々代のフィルシャー伯――ジョンの父親だが、彼が遺言したそうだ。犯罪すれすれの放蕩息子に爵位は譲れない、伯位とその相続分はランバート子爵に継がせる、と」
「…実際その通りになったってことは、よっぽど極道息子だったんだな」
バージルが大きくため息をついた。
「ジョンの息子は正妻の子ではない――というより、ジョンは正式な結婚をしてはいない。認知した子は4人いるが、全て母親が違う上、ジョンとは縁を切っている」
「ちょ…おい、バージル…!」
ダンテが冷や冷やしながら、兄と後部座席の小さなお嬢さんとを見比べている。どう考えても10歳の少女に聞かせるような話ではない。
「最初にユニコーンが出た夜、城にキルトン家の孫娘がいたと資料にあったろう」
「あ、ああ」
「彼女はジョン・キルトンの長男の娘。その夜、父親と共にジョンに呼び出され、伯位の再継承を訴える手続きに協力して欲しいと相談されていたらしい」
法律上の正式な結婚をした夫婦の子で国教徒である孫娘をフィルシャー伯家の正統として、ウォルターの子孫から伯位を取り返そうとしたのだ。
「で、断られた、と」
「その通り」
「ま、そうなるわな。半世紀も放っておいたくせに、今更じいさんの名誉のために働け、なんて言われて、はいそうですかなんて聞くやつはいないよな」

「少なくとも、依頼人のおじいさんが、すーーっごく嫌なやつ、ってことはわかったわ」

ぎくりとした双子が後ろを見ると、小さなお嬢さんが難しい顔でしかめっ面をしていた。
「あー、パティ、いいか、くれぐれも――」
「大丈夫、依頼人の前では、ちゃんと猫をかぶっておくから」
「…はい、お願いします」






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