洋書

□La Bravez Fille
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日差しうららかな午後2時、せっかく依頼を持ってきたというのに、ダンテはご機嫌ななめ。
その理由を聞いたモリソンは笑いが止まらなかった。

「あっはっは!なんだ、お兄ちゃんとおやつを食べる時間が惜しかったってわけか!」
「うるせーよ!」
コーヒーをすすりながら大笑するモリソンに、ダンテは盛大にむくれていた。
バージルはといえば、あまりに大人気ない稚気あふれる実弟に、こめかみをさすっていた。
「いい歳をして…」
「バージルも大変よね…」
ふわふわのシフォンケーキにふわふわのクリームをたっぷり乗せながら、パティは苦労人の半魔に同情する。
確かに、こんな図体のでかい子どもみたいな弟と同居していれば、いやでも親代わりにならざるを得ないだろう。
(トリッシュが旅に出たくなる気持ち、解るな〜…)
頼れる相棒トリッシュは、別の依頼で地中海まで出張中である。

「さて、依頼についてなんだが…」
切り出しながら、モリソンはちらりとパティを見た。
「ちょいと、パティにも聞いてもらいたい」
「え?あたし?」
と、ダンテがすかさず遮った。
「おいおい、モリソン。パティを巻き込むような依頼は受けねえぜ」
パティの家系は悪魔と深い因縁がある。
そんな少女を、どんな形であれ魔に近付けるのは絶対に避けたい。
事実、パティ自身が悪魔に狙われたことも何度かあるのだ。
「敢えて依頼を持ち込んだ理由は何だ?」
バージルが冷静に問う。
モリソンは再びパティを一瞥すると、おもむろにこう切り出した。
「ユニコーン、は知ってるよな?」
「は?」
「知っている」
ものの見事に異なった反応を示す兄弟へ、モリソンは話を続ける。

「さる貴族の古城に、ユニコーンが出るんだそうだ。それも、決まって真夜中。北西の城壁の上を駆け抜けて、中庭へ着地、あとは庭園の中を暴走して、むちゃくちゃに踏み荒らす。
城の当主は、来月末には城を国へ寄贈することにしてるんだが、そこへこんな騒ぎだ。どうしても今月には解決したいらしくてな」

「なるほど。踏み荒らす、ってことは実体があるわけか」
「現場の写真を見せられたんだが、蹄の跡が“踏む”っていうより“抉り取る”って感じでな。せっかくの庭も荒れ放題だ」
並べられた写真には、元は手入れの行き届いていただろうバラの生垣が見る影もなくなぎ倒されていたり、踏み砕かれたと思しいニンフの彫刻が写されていた。
「こりゃあとんでもねえ暴れ馬だな」
石像ですらこんな様子では、人間などひとたまりもない。
「うっかり外に出ようもんなら、蹴り殺されるってわけだ」
「そういうことだ。今のところ、夜になると誰も外に出ないようにしてるから、けが人は出てないようだがな。おまけに、その暴れ馬、出たり出なかったりする」
「おいおい、まさか一ヶ月も張り込めってんじゃないだろうな」
「だからユニコーンだって言っただろうが、つまり――」
「館に処女がいる場合は出現する、ということか?」
結論を引き取ったバージルが、優雅に一口、紅茶を含む。
「さすがお兄さん、その通りだ。調べてみたら、ユニコーンの出る晩に限って、当主の孫娘やら、若いお手伝いが寝泊りしてたんだよ」
「当主の血縁に関係する現象ではない、か。そのメイドたちも、当主とは関係がないんだな?」
「ああ。3人いて、どれもアルバイトだな。近隣の学生なんかを雇ってるみたいだが、市街地とは少し遠いんで、遅くなる晩は館に泊めてるってことらしい」
「で、泊めると出る、ってわけか」
「そうだ。なんにせよ、出るときの条件が条件だ。下手に素人を連れて行ったら、万が一ってこともある。……急ぎの依頼ってことで、大概の情報屋に出回ってる話なんだが、ここがどうにもネックでな」
どうやら、解決に向けての圧力がかかっているようだ。
そうでなければ、ダンテたちの気質を知り抜いているモリソンが、こんな依頼をわざわざ持ってくるはずがない。
「情報屋ってのも大変だな、モリソン」
苦笑しながらのダンテの励ましに、モリソンもまた、微苦笑しながらコーヒーをあおる。

「やってもいいわよ」

「へ?」
「だーかーら、ユニコーンの囮になってもいい、って言ってるの」
大の男三人が、唖然として目の前の少女に視線を注いでいる。
「おい、パティ、本気か?」
「もちろん、本気よ?」
「おま…相手は悪魔なんだぞ!」
「だって、ダンテたちが守ってくれるんでしょ?」
「なっ…」
心配をよそに自信満々で全幅の信頼を置いてくるパティに、ダンテは言葉に詰まる。
「それにモリソンの話だと、女の子が外に出なくたって、向こうから勝手に出てくるんでしょ?」
「いや、そりゃまあ、そうなんだが…」
「じゃ、決まりね!」
「待て待て待て!パティ、まだ俺は――」
「最善の方法だろう」
「はい?」
「判明している条件がそれしかないのであれば、パティに協力してもらうのが最善だ、と言っている」
「…ちょっと待ってくれよお兄ちゃん…」
予想外のパティへの助け舟に、ダンテは頭を抱えたくなった。
が、そんな弟の葛藤など歯牙にもかけず、バージルはモリソンとパティを交互に見やった。
「ユニコーンは無垢なる乙女を好む怪獣。であれば、連れて行くべき人間はかなり限定される。ここまではいいな?」
ダンテはしぶしぶと頷く。
「この世界を知らない、まして若い娘では、現場に遭遇したときにどんなアクシデントが起こるか判らない――いつパニックを起こすかもしれない一般人を抱えながら、悪魔の相手をする様子を想像してみろ」
「………悪ぃ、全っ然想像できねえわ…」
「だろうな。――今回の俺たちは、悪魔を退治するだけでなく、そういった人的な危険要素を顧慮しなければならないということだ。であれば、だ――」
視線がパティの碧い瞳を捉えた。
「俺たちの仕事や悪魔について知っていて、なおかつ、お前に信頼を置いているパティは、協力者として最高の条件を備えているとは思わんか?」
そこまで理路整然と説明されては、ダンテもうなるしかなかった。
それでも、実際に悪魔に襲われて命が危うかったこともあるパティを、わざわざ悪魔の囮にするのは憚られた。
「ダーンテ」
つぶらな碧い目が、少々苛立ったように見上げていた。
「折角ダンテを信頼しての申し出なのに、無言でうなること無いじゃない」
バージルの助け舟を得たことで、どうやら本格的に気持ちを固めてしまったらしい。
ダンテは恨みがましそうに兄を見やったが、バージルは涼しい顔で受け流している。
「それに」
「ん?」
「ここで断ったら、次に回されるのは多分、レディのところよね。仕事を押し付けられたレディが、手数料を請求してくるかもね」
「げ!!!」
「それか、ここで断ってレディの仕事になっちゃって、結局ここへ持ち込まれてきて仲介料請求…っていうパターンも有り得るわね」
「あの女ならやりかねんな…」
しみじみと頷くバージルの言葉には、収支を考えないどんぶり勘定の弟に悩まされ続けてきた挙句、自分の預金に生活費の口座を持っている、涙ぐましいまでに経済観念を身に着けた者の感慨が込められている。
ちなみに、借金はダンテ個人の負債がほぼ全てであり、後は仕事中に破損した器物の請求などがごくたまにある程度だ。
「しょうがねえなぁ…!こう見えても、馬車馬とチキンレースやった身だ!やってやるよ!」
脛に傷を持つ者は、駆け引きには勝てないものなのである。
「引き受けてくれるのか、ダンテ?」
「ま、悪魔絡みだしな…情報屋連中にしても、面倒くさい一件なんだろ?」
「ま、正直に言っちまうとな」
苦笑しつつ、ぬるんだカップへ手を伸ばす。
金を積んでやるから早いとこ解決しろ、という口のクライアントは、当然ながらどんな世界でも好まれない。
「パティが申し出てくれて、助かったよ」
「まあ、それはそうだけどな…。おい、パティ、言っとくが、危険なことに変わりは無いんだぞ」
「わかってるわよ」
あっさりと言い切ると、小さなお嬢さんは並ぶ双子に微笑んだ。

「あたしには凄腕のボディガードがいるんだもん」




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