「湯を注いだら、蓋をして30秒ほど蒸らす。そうすれば、家庭用の紅茶でもそれなりの風味が出る」 「はーい。ミルクは人肌くらいでいいのよね」 「そうだ。熱しすぎると――」 「膜が張るのよね、ホットミルクになっちゃって」 「その通り。紅茶も熱くなりすぎると香りが飛ぶ。少量なら、ミルクは冷たくてもかまわん」 「了解!」 頭の中のメモ帳に書き付けながら、パティは三つのカップに張られたお湯を捨てる。 パンジーが絵付けされたカップはパティ専用。台座の裏にカギ型の紋様と「1872」の刻印が押されている、立派なアンティークだ。 トリッシュとレディの分もあって、前者はバラ、後者はひなぎくと忘れな草のデザインになっている。 水晶を丸彫りしたグラスに銀の受台と取っ手が付いたカップは、バージルのもの。中国は清代のティーカップだそうだが、彼らは紅茶ではなくグリーンティを入れていたらしい。 扱うときは気を遣うが、こうやって本物に触れられるのはちょっとした楽しみだ。 「ね、バージル」 「なんだ」 「バージルって、主夫みたいよね」 バージルは形の良い眉を複雑そうにしかめて 「……なぜ、トリッシュもレディも、同じことを言うんだ?」 と呟く。 「自覚ないの?」 「自覚も何も…あれと同居していれば、誰だってきちんとした生活を送るようになる」 「……納得」 片付けても一晩で元通りになるゴミの魔窟を思い出せば、自然と頷きも大きくなる。 と、バージルが戸棚から、もう一つ、カップを取り出してきた。 「?みんな出したわよ?」 バージルは優しくパティの頭へ手を置くと、視線をドアの向こうへ移した。 「客人だ」 |