猫みたいに体を丸めて眠っていたのが、もぞもぞと動き出した。 それが、穏やか過ぎる午後3時。 でかい図体の男が妙に子どもっぽい動きで寝てるのが面白くて、銃の手入れを止めて、じっと見てた。 そうしたら、こっちへ寝返りを打った兄貴と目が合った。 その時のバージルの表情は、一生忘れられない。 目が合った瞬間、あの、凍りついたような蒼い目が、かっと見開かれた。 怒り、憎悪、殺意――ただそれだけを結晶させた瞳孔に、俺が映ってる。 ああ、心臓を鷲掴みにされる、って表現、今なら死ぬほどよく解るぜ。 あっという間に、机の上に放り出してあった刀は兄貴の手に収まった。 病み上がりで寝起きなんて信じられないような俊敏さ、腰を落として構えるまでなんて、それこそ一瞬。 寝ぐせでくしゃりとした頭と緩いバスローブなんて、どうにもアットホームな格好のくせに、コンマ何秒の後には強烈な居合い切りが俺の胴体を襲ってきた。 さすがに威力や速さは落ちてるが、俺の胴体を真っ二つにすることぐらい簡単だろう。 つまり、俺は必死で避けなきゃいけないってことだ! バージルは部屋の中央に座り込んで――陣取って――いる。 体力を消耗しているから動けないんだろうが、座る位置が計算づくってのはお見通しだ。 閻魔刀の凶悪な攻撃範囲を考えると、俺は部屋の端に追い詰められることになる。 こっちを睨みつけて、隙あらば…と狙ってる兄貴を負かすには―― バージルの右手がぐっと下がる。膝を引く。 (来る!) あいつが鯉口を切るのと同時、体をひねり天井すれすれまで跳躍する。 居合は横に振り抜かれる、だったら、縦に飛んで逃げるしかねえだろ。 と思いきや、さすが双子。 今度は居合じゃなかった。 勢いよく振りぬかれた刀は、銀色の垂直線を描く。 兄貴お得意の抜刀切り上げ。 左肩に感電したような衝撃が走った。 容赦ない。 痛いものは痛い。 バランスを崩して頭から落ちかける俺は、第二撃を狙うバージルと逆さまに目が合った。 だが、お生憎さま、俺のお目当ては別だ。 「ケルベロス!」 「!?」 右手に冷たい感触。バージルが警戒した、その一瞬の隙を突いて投げつければ、氷の魔具は長い鎖と化してあいつの右腕に巻きついた。 締め付けられた反射でバージルの右手が開き、閻魔刀が落ちる。 着地と同時に刀を蹴り飛ばし、鎖のもう片方もバージルに投げつけた。 さすがは賢いおしゃべりワンちゃん、俺の考えが解ったらしく、すぐにバージルをぐるぐる巻きにしてくれた。 身動きもできないで床に転がったバージルは、俺の右手に収まった刀を血走った目で見上げながら、激しくもがいてる。 そんな抵抗は全く無駄だって、解ってるだろうに。 「ダンテ…っ、貴様!」 「やーだね、ほどいてやんねー。仕掛けてきたのはお前だからな」 余裕ぶってみたが、ちぎれそうな左肩ささえて、血塗れで息切らしてても様にはならねえな。 「第一さ、魔界へ行きたいってんなら、魔界の掟も知ってるはずだぜ?」 「何だと…」 「今の勝負、勝ったのは俺だろ?」 「っ…!」 悔しそうに顔をゆがめて、バージルはうつむいた。 ばらばらにほつれて落ちた銀色の髪の隙間から、真っ暗に染まった目が見えた。 何でだろうな。 何でか、泣き出しそうに見えた。 「好きにしろ…」 消えそうな声で呟くと、それきり、バージルは大人しくなった。 ――好きにしろ。 それは、あいつの精一杯の降伏宣言だった。 でも、俺はそれじゃ満足できない。 俺は「家族」として連れ帰ったつもりだった。 だけど、バージルにとって俺は「敵対する存在」っていう認識で、「負けたから従う」っていう意識なんだろ? それは、俺が望んでることじゃない。 俺が望んでるのは… end それから、どうやって距離を越えていくか。 それは、ダンテそしてバージル次第。 |