洋書

□悪魔が目覚めたその後で
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猫みたいに体を丸めて眠っていたのが、もぞもぞと動き出した。
それが、穏やか過ぎる午後3時。
でかい図体の男が妙に子どもっぽい動きで寝てるのが面白くて、銃の手入れを止めて、じっと見てた。
そうしたら、こっちへ寝返りを打った兄貴と目が合った。



その時のバージルの表情は、一生忘れられない。



目が合った瞬間、あの、凍りついたような蒼い目が、かっと見開かれた。

怒り、憎悪、殺意――ただそれだけを結晶させた瞳孔に、俺が映ってる。



ああ、心臓を鷲掴みにされる、って表現、今なら死ぬほどよく解るぜ。




あっという間に、机の上に放り出してあった刀は兄貴の手に収まった。
病み上がりで寝起きなんて信じられないような俊敏さ、腰を落として構えるまでなんて、それこそ一瞬。
寝ぐせでくしゃりとした頭と緩いバスローブなんて、どうにもアットホームな格好のくせに、コンマ何秒の後には強烈な居合い切りが俺の胴体を襲ってきた。
さすがに威力や速さは落ちてるが、俺の胴体を真っ二つにすることぐらい簡単だろう。
つまり、俺は必死で避けなきゃいけないってことだ!

バージルは部屋の中央に座り込んで――陣取って――いる。
体力を消耗しているから動けないんだろうが、座る位置が計算づくってのはお見通しだ。
閻魔刀の凶悪な攻撃範囲を考えると、俺は部屋の端に追い詰められることになる。
こっちを睨みつけて、隙あらば…と狙ってる兄貴を負かすには――
バージルの右手がぐっと下がる。膝を引く。

(来る!)

あいつが鯉口を切るのと同時、体をひねり天井すれすれまで跳躍する。
居合は横に振り抜かれる、だったら、縦に飛んで逃げるしかねえだろ。
と思いきや、さすが双子。
今度は居合じゃなかった。
勢いよく振りぬかれた刀は、銀色の垂直線を描く。
兄貴お得意の抜刀切り上げ。
左肩に感電したような衝撃が走った。
容赦ない。
痛いものは痛い。
バランスを崩して頭から落ちかける俺は、第二撃を狙うバージルと逆さまに目が合った。
だが、お生憎さま、俺のお目当ては別だ。
「ケルベロス!」
「!?」
右手に冷たい感触。バージルが警戒した、その一瞬の隙を突いて投げつければ、氷の魔具は長い鎖と化してあいつの右腕に巻きついた。
締め付けられた反射でバージルの右手が開き、閻魔刀が落ちる。
着地と同時に刀を蹴り飛ばし、鎖のもう片方もバージルに投げつけた。
さすがは賢いおしゃべりワンちゃん、俺の考えが解ったらしく、すぐにバージルをぐるぐる巻きにしてくれた。
身動きもできないで床に転がったバージルは、俺の右手に収まった刀を血走った目で見上げながら、激しくもがいてる。
そんな抵抗は全く無駄だって、解ってるだろうに。
「ダンテ…っ、貴様!」
「やーだね、ほどいてやんねー。仕掛けてきたのはお前だからな」
余裕ぶってみたが、ちぎれそうな左肩ささえて、血塗れで息切らしてても様にはならねえな。
「第一さ、魔界へ行きたいってんなら、魔界の掟も知ってるはずだぜ?」
「何だと…」
「今の勝負、勝ったのは俺だろ?」
「っ…!」
悔しそうに顔をゆがめて、バージルはうつむいた。
ばらばらにほつれて落ちた銀色の髪の隙間から、真っ暗に染まった目が見えた。

何でだろうな。

何でか、泣き出しそうに見えた。

「好きにしろ…」

消えそうな声で呟くと、それきり、バージルは大人しくなった。







――好きにしろ。

それは、あいつの精一杯の降伏宣言だった。
でも、俺はそれじゃ満足できない。
俺は「家族」として連れ帰ったつもりだった。
だけど、バージルにとって俺は「敵対する存在」っていう認識で、「負けたから従う」っていう意識なんだろ?
それは、俺が望んでることじゃない。
俺が望んでるのは…



end



それから、どうやって距離を越えていくか。
それは、ダンテそしてバージル次第。





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