洋書

□Welcome Back
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バージルの方では、既に魔界への未練はない。
だが、ダンテはどこかで恐れ続けている。

あの時、魔界の淵で手を切り裂かれた瞬間の絶望を。
かろうじて握った手、握り返してくれた手。
だが、もし、あの時、僅かでも反応するのが遅かったら。その手が振りほどかれてしまっていたら。
二人で魔界に行ったとき、何かのはずみで、何かの歪みで、兄と再び戦うことになってしまったら

――それが、怖い。

やっと見つけたはずの居場所がなくなってしまうこと、今まで確かにあった幸福が喪われること。
どこか冷めてすらいるような悪魔狩人が、本当は壊れやすい、優しい心を持っている。

「子どものようだな。底抜けのお人好しだ。」
ゆがんだ色の夜空を見つめながら、バージルが呟く。その微かな声に、ほんのわずか、寂しげな色が混じっていた。

――いつの間にか、俺も恐れるようになったらしい。家族や帰る場所を失うことを…。

だが、なぜか、弟は帰ってくるという確信めいた安堵感すらあって。
「帰って、来るわ…」
ひそやかだが、確信に満ちた言葉が、夜の静寂に溶けていく。
「彼なら、必ず帰ってくる…そう思えてならないのよ…」
不思議ね、と、気丈な女祭司は微笑む。胸元で裏表のないコインを握り締めて。

――悪魔でも涙を流す。それは心を持つからだ。

いつか、ダンテはそう言った。
バージルはルシアに穏やかな眼差しを向け、再び、空を仰いだ。

――早く戻れ、ダンテ。

ここには、確かに、お前の帰りを待ち望む者たちがいるのだから。



end
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