洋書

□※過去―Side Dante―
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立ち上がった少年の前には、ただ、焦土が広がっていた。

「母さん…どこ…?」

あまりの変容に混乱した唇は、そう呟いたが、少年には解っていた。
もう、彼の優しく強い母は、どこにもいないのだということ。
それでも、言わずにはいられなかった。

つい何時間か前までは、母や兄とおやつを食べ、図書館に行くという兄を見送り、庭で遊んで…。

なんの変哲もない、しかし、幸せな日常だったのに。



過去――Side Dante――







突然、家のほうから聞こえた轟音に、庭を駆け回っていたダンテは体を震わせた。
父の残した邸、西棟の高い屋根が吹き飛び、煙が立ち上っている。
西棟にはキッチンとリビングがある。母は今頃、リビングで音楽を聴いているはずで……。

『母さんッ!』

駆け出そうとしたダンテの目に、バルコニーから飛び降りてくる金色の髪が映る。
『母さん!』
エヴァの紅いスカート。斜めに裁断して豊かにひだを寄せた、お気に入りの。
柔らかなドレープが視界を覆う。ぎゅっと抱きしめられた。
『ダンテ、いらっしゃい!』
悲鳴のように叫び呼ぶ母に手を引かれ、ダンテは懸命に走った。

逃げ込んだ庭の奥、輝石を象眼した石の上にダンテを座らせると、エヴァは我が子と額をくっつけて、何か小さく呟いた。
途端――キンッ、と空気が清み、周囲の気配は驚くほど静かになった。
澄んだ青い瞳をみひらくダンテに微笑み、そっと、その額へ手を添える。
『ダンテ、もう大丈夫。ここでじっとしてるのよ』
優しく笑うエヴァは、しかし、すぐに気ぜわしげな視線を家へと向けた。
『母さんはどうするの…?』
母が立ち去ろうとするのを感じたダンテが、不安げに紅いスカートを引き戻す。
その手を、エヴァは優しく握り返した。
『バージルを迎えに行くわ』
『だめだよ、危ないよ!』
『大丈夫よ。それに、バージルが一緒なら、ダンテも心強いでしょ?』
エヴァはウィンクして見せた。

『忘れないで、ダンテ。あなたは私の自慢の息子。強くて、優しい子よ。バージルと喧嘩しちゃダメよ?』

いつものように微笑む母。
ダンテが安心を覚える、その笑顔。
その美しい瞳が潤んでいることまでは、ダンテには判らなかった。

『それじゃ、行ってくるわね』
母は颯爽と身を翻し、去っていった。

『あっ…』
見送る瞼に冷たいものを感じ、ダンテは目を瞑った。

雨かと見上げた空は、青く澄み渡っていた。



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