パティが扉を開けたとき、ダンテは窓を開けたところだった。 「よう、パティ」 窓枠に足をかけているのを見ると、どうやらそこから出かける気らしい。 「またバージルに叱られるわよ」 「まったくだ」 「げ!」 「きゃっ!」 相変わらず、気配すら感じさせない身のこなし。すごいけど、ちょっぴりおっかない。 「貴様、横着するなと言っているだろう」 「はは、悪い悪い!んじゃ、ちょっと出かけてくる!」 「…まったく…」 「え、どこへ?」 ダンテは心底から楽しそうに応えた。 「R指定のパーティーさ!」 呆れる兄と可愛いお嬢さんを後に、窓を飛び立つ赤い影はたちまち見えなくなった。 「バージル、早くダンテを追いかけなきゃ!」 「心配いらない」 バージルは平然としている。 初めからダンテに任せようとしていたみたいだ。 「ああ見えて、楽しんでいるからな。下手に助けると機嫌が悪くなる」 苦笑まじりに語る“ダンテ”は、パティが普段知っているダンテとはちょっと違う。 劇場で助けてくれたときも、とても楽しそうな顔で“showtime”だと言っていた。 ダンテは、悪魔を「倒す」のではなく「狩る」と表現する。 ダンテにとって、悪魔が獲物なのだろう。 ただ、人間の狩人と違うのは、彼にとって悪魔を狩る行為は“楽しいこと”なのだということ。 「強い獲物を狩ることが狩人の条件」 頭上から零れ落ちた呟きに、パティははじかれたように顔を上げる。 「俺もそうだ――強き魔に対するとき、この上なく心が昂ぶる。たとえ、それが己の力及ばぬ強大な存在であっても、だ」 綱渡りのようなものだ、とバージルは言う。 「悪魔の残忍な強さ、人間の毅き優しさ――その狭間に渡されたロープの上を歩いていく…半魔とは、そんな生き物だ」 「…バージルも、そうなの?」 少女の問いかけに、冷たく澄んだ碧眼が頷いた。 「ああ」 パティは、うつむいて黙ってしまった。 それじゃあ私は何て言えばいいのかしら。 悪魔は怖いけど、ダンテやバージルのことは全然怖くなくて、むしろ大好きなのだけれど、本当は人間と悪魔の心の間を揺れ動いていると聞いたら、すごく不安で、だから怖くて――。 そんなめちゃくちゃな気持ちを、どうやって伝えたらいいのか。 「もし…」 「もし?」 「ロープから落ちたら、バージルやダンテはどうなるの?」 まとめたら、とんでもなく的外れな質問になってしまった。 だが、バージルは彼女の言いたいことを察してくれた。 「ダンテは、わざとロープを揺らして怖がらせるだけだ。万が一、落ちたとしても、すぐに人の道を通って、人の世に戻ってくる。そういう男だ」 危うい場所にいることを解っていて、わざと危うい行動を見せつけ、周囲がはらはらするのを見て、してやったりと楽しんでいる男だ。 悪魔の衝動を楽しんでいる。 誘惑を楽しんで、楽しみながら素通りするだけの余裕がある。 「それが、ダンテだ」 そう、彼の半身は言い切る。 「俺には、悪魔の見せる景色のほうがよく見えている。だが、そこへ行くことはない」 「ダンテは絶対に止めるわ」 「だろうな…」 たとえ魔界の闇に沈んだとしても あいつが必ず、迎えにやってくるから ―― 一緒に帰ろう そして、バージル自身、今度は迷いなく手を掴むのだ。 差し出される弟の手を、自らの意思で。 「バージル…?」 外を眺めたまま沈黙する半魔を、パティは不安げに見る。 が、彼はすぐに、窓を離れた。 「茶でも淹れよう」 心なしか、その表情は穏やかに見えた。 end |