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□百年孤独
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「元……帰命侯は、どのような評価をすべきだと思う」

天下の賢人、幽冥に片足を突っ込んでいる宰相へ聞いてみた。
間の悪いことに、きわめて事務的に聞こうとして、しくじった。
案の定、張華は冷めた目で、
「それは、彼の君主としての評価、でよろしいのですかな」
と、わざとらしく念押ししてくる。
自分は妙な事件に首を突っ込むのが好きなくせに、皇帝の私事には生真面目に官僚として対応しようとするのだ、この男は。
「茂先、朕は――」
「どうしようもない暴君でございますよ」
先制するような厳しい言葉に、司馬炎は思わず、沈黙した。
「国を保とうとする意思がないどころか、滅ぼそうと願っている君主の、どこを誉めろと仰るのですか」
図星だった。
「……あれは、哀れな男だ。聡明すぎた、君主としての資質を備えすぎたのだ」
「それで?」
「わからぬのか」
司馬炎は腹を立てた。
「元宗が血に憑かれたとすれば、それは呉への憎しみゆえだ。無辜の父を死に追いやり、あまつさえ口をぬぐって玉座へ祭り上げるような、恥を知らぬ国に愛想が尽きたのだ。それで気を病み、心を荒ませたとて、どうして彼を責められようか。現に、見ろ、降ってからの彼は本当に思慮深い、名君ではないか」
「彼が英気にあふれ優れた資質だということと、君主として行った事柄は、関係ございません」
近頃、関心を示しているらしい私編の史書を、皇帝の目の前に積み上げた。
「君主の評価とは、ただ、その治世において、天子に求められた事柄をいかにして報いたか――それだけが基準にございますれば」

それに代わる情けなど無用、むしろ、正当な評価を歪める悪弊にすぎない。

何か言いかけて、司馬炎は口をつぐんだ。
唇が震えている。
言葉を発すれば、何を言い出すか自分でもわからない。
白い額に青筋を浮かべ、こちらを睨み据える皇帝に、臆しもせず張華は続ける。
「歴史とは非情なものにございます、陛下」
ゆえに、と、静かに諭した。
「陛下の望まれるお言葉を、某は差し上げられませぬ。…お許しあれ」



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