書架

□百年孤独
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「わたしのことを、どう思う」

その名のとおり心に強い芯を持つ男へ、聞いてみたことがある。
彼は、彼の族兄ほど厳しい人ではないが、だからといって不正や非道を黙認するほどおとなしくはない。
そのときも、ほんの僅か、沈思するように目を伏せたが、やがてきっぱりと言い切った。
「率直に申し上げれば――困った暴君であられる」
誰もが恐怖し、嫌悪することに、歪んだ支配欲を満たしていた孫皓だが、この陸抗の言葉だけは堪えた。

それでいて、彼はどこまでも優しかった。
行くなと言えば、時間の許す限り君側に在ってくれたから、他愛もない会話や休息に付き合わせた。
そんなとき、陸抗は穏やかに笑み、静かに耳を傾けてくれた。
孫皓も、このときだけは、身の内に根を張る暗い激情を忘れた。
「愛している」
「私も、心より御身を愛しております、陛下」
違う、そんな意味で「愛している」と言うのではない、と、孫皓は心の中で叫び続けたが、なぜか一度も、口に出したことはない。
孫皓の言いたいことなど、陸抗ならば理解していたはずだが、彼はただの一度も、その意味では「愛している」と言ってはくれなかった。


そんな陸抗へ、任地へ戻るなと命じたとき、彼は決して従わなかった。
「私の命であってもか」
「お許しください、これこそが陛下の御為なのです」
晋の羊叔子との交誼が耳に入ったとき、自分の中にまだ激情が残っていたのかと驚くほど、怒り狂った。
すぐさま建業に召還し、将軍職を剥奪して大司馬に移した。
官職では栄転だが、その実、武官ではないので、将軍経験者にとっては素直に喜べるものではない。
陸抗のゆえに、呉は束の間の生存を許されているのだという事実を、孫皓は頭から無視した。
こうすれば、前線には戻れず、羊叔子とも会うことはできないだろうと、ただそれだけを考えた。
それは本当に矮小で愚かな嫉妬だった。
そうと解っていながら、陸抗を都という名の籠に閉じ込めた。


一年後、陸抗は卒した。
送られてきた書簡は、様々な政略や戦略、皇帝への血を吐くような嘆願で埋め尽くされていた。
生前、彼が幾度となく上表していたものと、まったく変わらなかった。
違ったとすれば、それは
「陛下のご恩に報いず、任を全うすることができなかったことを、悔やむばかりです」
と、最期を見通すような一文が添えられていたことぐらいだった。
「陛下は、まことにお幸せであられる」
この書簡を読んだ、張悌という新任の丞相が、そう言った。
奇妙な表情だった。
それが気に食わず。いっそ殺してやろうかと思ったが、やめた。
最後まで、陸抗は優しく自分を拒み続けた。
「そういうことだ」
なかば自棄になって呟いたが、それを聞いた張悌は、じっと、皇帝ともある主君の顔を見つめた。
「陛下、それならば彼は今頃、晋で亡くなっていたはずです」




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