「捕まえたぞ、私の宛雛…」 低く低く呻く爪牙が、確かに、美しい鳳の両翼を捕捉した瞬間。 優しく触れていたはずの両手は、主のたおやかな両肩をつかみ、強引に向き直らせた。 「っ…!?子元、何の…」 何のつもりだ、と詰問しようとした声は、不意に途切れた。 限りなく優雅な姿の豺狼が、この上なく残忍に微笑んでいる。 後ずさる曹叡の手首をつかむと、面白いくらいに体が震え、柳眉が恐怖に歪むのが見える。 この美しき雛は、今や完全に逃げ場を失っている。 自分の中に嗜虐的な情欲が燃え上がるのが解った。 それは心臓を歓喜で締め上げ、背徳に胸を疼かせる。 「昨夜は北苑へおいでになったそうですね」 腕の中へ閉じ込めた雛が震えるのを愉しみながら、司馬師はその艶やかな髪を撫でる。 わざと優しく、しかし、触れる手の存在を教えるように。 「楽しかったですか…?大鴻臚どのを篭絡するのは…?」 わざと淫靡に聞こえるような言葉使いで、耳元に吹き込む。 と、大人しかった雛は突如として爪を立てた。 「違うッ!」 顔を跳ね上げて叫ぶ。 ささやかだが強い反抗。 しかし、自分が未だ猛禽の爪の中にあることを思い返し、その身を硬くする。 そして、獲物に本気で抗われた捕食者は、たおやかな翼を見る眼から急速に情を失せさせた。 「違わない」 凍てつくような声とともに、髪を撫でる手は掴む手へと残酷に変じる。 「痛…っ」 「私を差し置いて、心を移されたくせに…」 苦痛に歪んだ美しい顔を一瞥し、容赦なくその身を床へと突き飛ばした。 「今更、私をお求めになる…?」 暗く唇を歪ませる、その表情が例えようもなく恐ろしくて。 「やめろ…子元…よせ…」 「許さない」 「嫌、だ……」 「拒むな」 「いや…」 「逆らうことは許さない」 薄く潤みを帯びつつある倩しい眼の、黒く濡れた瞳孔に、限りなく残忍な表情の己が映っている。 やがて、睫が震え、諦めたように目が閉じられた。 逆らうなと命じたのは己だが、その諦めが何故か腹立たしかった。 「目を開けなさい」 「……」 「開けろ、と言っている」 隠そうともしない陰惨な愉悦。 曹叡がうっすらと目を開けば、自分を見下ろしながら暗く口元をゆがめる人の姿。 「美しい…お前はこれほどに美しいというのに…」 表を覆う錦繍を剥ぎ、薄い綾羅をむいていく。 幾度味わおうと飽くことのない肉体が、その奥に在る。 肌をなぞる手は限りなく優しいというのに、体の震えは止まらなかった。 「っ…!」 ひくりと反応する体、それを冷たい笑みで見下ろす目。 恐ろしい。 何もかもが恐ろしかった。 どうして、こうなってしまったのか。 「男の嫉妬は恐ろしいのですよ」 優しい撫抱とともに囁く言葉は、じわりと曹叡を締め上げていく。 「教えて差し上げましょう…」 end |