書架

□嫉妬
1ページ/1ページ




「捕まえたぞ、私の宛雛…」

低く低く呻く爪牙が、確かに、美しい鳳の両翼を捕捉した瞬間。
優しく触れていたはずの両手は、主のたおやかな両肩をつかみ、強引に向き直らせた。

「っ…!?子元、何の…」
何のつもりだ、と詰問しようとした声は、不意に途切れた。
限りなく優雅な姿の豺狼が、この上なく残忍に微笑んでいる。

後ずさる曹叡の手首をつかむと、面白いくらいに体が震え、柳眉が恐怖に歪むのが見える。
この美しき雛は、今や完全に逃げ場を失っている。
自分の中に嗜虐的な情欲が燃え上がるのが解った。
それは心臓を歓喜で締め上げ、背徳に胸を疼かせる。

「昨夜は北苑へおいでになったそうですね」

腕の中へ閉じ込めた雛が震えるのを愉しみながら、司馬師はその艶やかな髪を撫でる。
わざと優しく、しかし、触れる手の存在を教えるように。
「楽しかったですか…?大鴻臚どのを篭絡するのは…?」
わざと淫靡に聞こえるような言葉使いで、耳元に吹き込む。
と、大人しかった雛は突如として爪を立てた。

「違うッ!」

顔を跳ね上げて叫ぶ。
ささやかだが強い反抗。

しかし、自分が未だ猛禽の爪の中にあることを思い返し、その身を硬くする。
そして、獲物に本気で抗われた捕食者は、たおやかな翼を見る眼から急速に情を失せさせた。

「違わない」
凍てつくような声とともに、髪を撫でる手は掴む手へと残酷に変じる。
「痛…っ」
「私を差し置いて、心を移されたくせに…」
苦痛に歪んだ美しい顔を一瞥し、容赦なくその身を床へと突き飛ばした。
「今更、私をお求めになる…?」
暗く唇を歪ませる、その表情が例えようもなく恐ろしくて。

「やめろ…子元…よせ…」
「許さない」
「嫌、だ……」
「拒むな」
「いや…」
「逆らうことは許さない」

薄く潤みを帯びつつある倩しい眼の、黒く濡れた瞳孔に、限りなく残忍な表情の己が映っている。
やがて、睫が震え、諦めたように目が閉じられた。
逆らうなと命じたのは己だが、その諦めが何故か腹立たしかった。
「目を開けなさい」
「……」
「開けろ、と言っている」
隠そうともしない陰惨な愉悦。
曹叡がうっすらと目を開けば、自分を見下ろしながら暗く口元をゆがめる人の姿。

「美しい…お前はこれほどに美しいというのに…」

表を覆う錦繍を剥ぎ、薄い綾羅をむいていく。
幾度味わおうと飽くことのない肉体が、その奥に在る。

肌をなぞる手は限りなく優しいというのに、体の震えは止まらなかった。
「っ…!」
ひくりと反応する体、それを冷たい笑みで見下ろす目。

恐ろしい。
何もかもが恐ろしかった。

どうして、こうなってしまったのか。

「男の嫉妬は恐ろしいのですよ」

優しい撫抱とともに囁く言葉は、じわりと曹叡を締め上げていく。

「教えて差し上げましょう…」





end


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ