「触れるな…ッ!汚らわしい!」 音を立てて振り払われた、手。 払い除けられたほうは勿論、払い除けた曹髦自身が驚いていた。 「陛下…?」 訝しげな司馬昭の声に、我に返った天子は、無言で駆け去る。 後には、ざわめく廷臣と、呆然とする司馬昭が取り残された。 朝見での不可解な皇帝の態度が気になった。 自分が憎まれているのは重々承知の上だが、あそこまで嫌悪感あらわに拒絶されたことなど無かったはずだ。 (まさか、知っているのか…) 賈充、あるいは鍾会との関係を。 今朝の出来事は既に人々の耳目に達している。 背筋に悪寒が走った。 すぐにでも身辺を慎まなくてはなるまい。 いかに口を噤ませても、いつ明るみに出るか知れない“秘密”なのだ。 考えてみれば、人払いをしたとて、皇帝が相手では誰も拒むことなど出来ない。 それは、最も警戒しなければならないことだったというのに。 「迂闊であったわ…」 悔しげに呟いた、その時。 するりと、背後から青白い腕が伸びてきた。 それは背後から司馬昭を優しく抱きすくめ、愛おしそうに撫抱する。 常であれば、特に拒む理由も無いのでされるがままにしていたが。 今日のことで気の立っている司馬昭は、すげなく払い落とした。 「止せ…」 主の冷淡な態度に、賈充は眉をひそめた。 「…今朝のことが、そんなに気になりますか…?」 核心を突いた質問に、司馬昭は苛々と溜息をついた。 そこまで解っているならば、どうして、配慮しようとしないのか。 「私とお前の関係を、陛下が知ってしまったかもしれんのだぞ。いや、陛下だけではない…侍者、衛兵、こうなった以上、人の口は遮れぬ…不用意な行動は慎め」 ああ、と賈充は事も無げに頷く。 「でしたら、ご心配はいりませぬ」 莞爾と笑う、その顔。憫笑のように嗤う、その表情。 何を言うことも止めて、榻上へ座り込んだ。 「…何を使った」 「織機を」 司馬昭は眉をしかめた。 「であれば、最高の見せしめであろうな…」 素直な感想であり、皮肉でもあった。 織機のように激しい音を立てて身悶えるからとも、上下に体を折り曲げて苦しむ様が似ているからだともいう劇薬。 「あなたの御命に従えぬ者など、生きる価値はございません」 まるで諭すように優しげな表情。 慈愛に満ちた眼差しで、司馬昭の頬へ優しく触れる、その手。 (――ああ、なるほど) 白い指が首筋からあわいへと滑り落ちる、その淫靡な動きを眺めながら、司馬昭は理解した。 「けがらわしい…」 ぽつりと呟かれた言葉に、喉を這う唇が震え、動きを止める。 だが、その表情は相も変わらず、暗い澱に翳りながらも優しい。 「ああ、また毒されておいでだ…」 病人をいたわるかのごとく囁き、その唇が深く、重ねられた。 |