書架

□嘲笑の臥所
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室へ通されてから、かれこれ一時近くは待たされている。
しかし、焦る気持ちは毛頭ない。
その気になれば、到底、捌き切れぬほどの職務がのしかかる。
それが帝位というものだ。
目の前に据えられた翠玉の几案には、蜀の東侵に対する防衛の建議、反抗的な態度を続ける遼東や、塞外から侵食を狙う夷狄の動静が、いささか乱雑に重ねられている。
それは、魏の目下の艱難――外患を象徴していた。
紙帛へ注された朱筆に、主の優美な水茎の手を重ねたとき。
宵闇の降りた回廊の奥から、先払いの声が響いてきた。



すでに人払いを命じてあるのか、室内へと入ってきたのは、優美な天姿、ただひとつ。
「待たせてすまぬ」
司馬師の手元の書類を見て、この若い皇帝は苦笑した。
「うるさいのが増えてな」
「鮮卑ですか」
「そうとも、あの狸じじいめ」
うんざりしたような呟きには、疲労の色がにじんでいる。
日頃、表情にも口調にも弱さを見せぬよう気を張る彼には珍しい。
それだけに、司馬師は主の身を案じた。
「お疲れでいらっしゃいますな…」
気遣わしげな様子の年下の恋人に、曹叡は微笑んだ。
「かまわぬ」
「しかし…」
「数日も閣議に付きっ切りだ。……そなたは、どうだ?」
謎かけのような言葉の意味を、司馬師は瞬時に悟る。
「いけない方だ…」
ため息混じりに、艶やかな黒髪を指で梳く。
「だが、嫌いではなかろう?」
緩められた帯や襟の感触を楽しみながら、曹叡は挑発的に笑う。
たちまち、豪奢な衣装が寝台に沈んだ。
「荒っぽいことだな、子元」
余裕のなさをからかえば、見下ろす顔が意地悪そうに微笑んだ。
「やめてなど、差し上げませぬぞ?」
唇の間から、ちらりと舌が覗いた。
ぞくりと背に走る疼きを感じながら、曹叡は再び、笑った。

「かまわぬ」




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