室へ通されてから、かれこれ一時近くは待たされている。 しかし、焦る気持ちは毛頭ない。 その気になれば、到底、捌き切れぬほどの職務がのしかかる。 それが帝位というものだ。 目の前に据えられた翠玉の几案には、蜀の東侵に対する防衛の建議、反抗的な態度を続ける遼東や、塞外から侵食を狙う夷狄の動静が、いささか乱雑に重ねられている。 それは、魏の目下の艱難――外患を象徴していた。 紙帛へ注された朱筆に、主の優美な水茎の手を重ねたとき。 宵闇の降りた回廊の奥から、先払いの声が響いてきた。 すでに人払いを命じてあるのか、室内へと入ってきたのは、優美な天姿、ただひとつ。 「待たせてすまぬ」 司馬師の手元の書類を見て、この若い皇帝は苦笑した。 「うるさいのが増えてな」 「鮮卑ですか」 「そうとも、あの狸じじいめ」 うんざりしたような呟きには、疲労の色がにじんでいる。 日頃、表情にも口調にも弱さを見せぬよう気を張る彼には珍しい。 それだけに、司馬師は主の身を案じた。 「お疲れでいらっしゃいますな…」 気遣わしげな様子の年下の恋人に、曹叡は微笑んだ。 「かまわぬ」 「しかし…」 「数日も閣議に付きっ切りだ。……そなたは、どうだ?」 謎かけのような言葉の意味を、司馬師は瞬時に悟る。 「いけない方だ…」 ため息混じりに、艶やかな黒髪を指で梳く。 「だが、嫌いではなかろう?」 緩められた帯や襟の感触を楽しみながら、曹叡は挑発的に笑う。 たちまち、豪奢な衣装が寝台に沈んだ。 「荒っぽいことだな、子元」 余裕のなさをからかえば、見下ろす顔が意地悪そうに微笑んだ。 「やめてなど、差し上げませぬぞ?」 唇の間から、ちらりと舌が覗いた。 ぞくりと背に走る疼きを感じながら、曹叡は再び、笑った。 「かまわぬ」 |