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□寂寥
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「叡」
「はい」
「健やかにしているか」
「はい」
「ここしばらく、会うことも叶わなんだな。許せよ」
「畏れ多いことです。あなたは一天万乗の帝、子に許せなどと仰いますな」
静かに、幾分かゆっくりと受け応える息子に、しかし、曹丕は何ともいえぬ切なげな表情になる。
「叡」
「は…」
「お前も、私に心を語ろうとはしないのか…?」
どこか苦しげな父の声に、曹叡はほんのわずか、眉をひそめた。
「心、でございますか…」
日頃表情に乏しい曹叡が、珍しく、困惑したような顔になる。
表情が浮かべば、整いすぎた美貌に年相応の華やぎをもたらすというのに。
その僅かな変化すらいとおしげに、曹丕はつと、我が子の頬へと指を伸ばした。
「父上…」
「お前は宓に似ている」
曹叡の目が、かすかに見開いた。
「本当によく似ている……私に触れられると、いつも驚いたような顔になった…今のお前のようにな…」
だとすれば、母も自分と同じような気持ちだったのだろうか。
この茫漠たる寂寥感。
目の前にいる人は、確かに己と最も近しい人であるのに、決して近しくなることができないのだ。
時として向けられる何気ない愛情に驚くとは、つまり、そういうことなのだろうと思う。
「母の心が…少し、解ります」
「そうか…」
「何故でしょう」
こんなにも近い間柄なのに、こんなにも遠い隔たりが横たわるのは。
すると父は、曹叡の内心を引き取って、すぐに言い表してくれた。
「…寂しい、というのだろうか…」
「寂しい…」
曹丕の手が、曹叡の髪をやわらかくすき撫でる。
「この世には、そんな間柄もあるのだろうかな」





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