ところが、雨の開けた次の日。 柱の影に、ちょこんと、小さな影が立っていた。 手招いたら、その子はやってきた。 「君は、私の弟かな?」 尋ねれば、その子はこっくりと頷いた。 「植、といいます」 「植、か。…じゃあ、君のことは“ちぃ”と呼ぼうか」 「はい!」 はつらつと答える、その笑顔はとても愛らしかった。 艶々とした黒い髪を撫でると、日の匂いがした。 その日から、曹鑠は一人ではなくなった。 「仲氏は任あり、其の心は塞に淵し」 「終に温にして且つ恵、其の身を淑く慎む」 すらすらと続ける幼い弟に、曹鑠は目を丸くする。 「そうだよ、よく覚えているね」 「文を読むのは大好きです、詠うことはもっと好き!」 幼い子どもとは思えぬ快活な返答が、利発さをうかがわせる。 「それはとても良いことだよ、ちぃ。沢山の書を読み、沢山の知識を身に着ければ、ゆくゆくお前の強い助けとなるからね」 「はい、兄様」 「ところで、詩経はどこまで覚えたのかな?」 「えーと…えっと…国風は全部です!」 「…全部…!?」 今度こそ、曹鑠は驚いた。 ――この子はきっと、天から才能を賜ったんだ。 そう、確信した。 「よく覚えたね」 「兄様とお勉強するので、がんばって覚えました!」 「そうか、それは良い。お前は立派な子だ」 素直な幼子に、曹鑠は目を細めた。 この子の才は、天賦のものだ。 だとすれば、自分はその手ほどきをする役目を与えられたのか。 「兄様、次はどこを詠むのですか?」 尋ねられて、曹鑠は、はっと我に返った。 「ああ、ごめんよ。次は、そうだね……苦手な部分はあるかい?」 問えば、幼い弟はちょっと恥ずかしそうに俯く。 「頌や雅は、まだ覚えてません…」 「そうか、それでは、今日から頌を学ぼう。ちぃは覚えが良いから、すぐに諳んじられるよ」 「はい!」 天よ。 これが――この幼い弟の才を導くことが、私の天命であるなら。 どうか、少しでも長く。 人と触れ合う時を下さい。 「家族」を愛するということ、その喜びを、どうか、少しでも長く 私に、下さい。 |