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□夭夭如也
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ところが、雨の開けた次の日。
柱の影に、ちょこんと、小さな影が立っていた。
手招いたら、その子はやってきた。
「君は、私の弟かな?」
尋ねれば、その子はこっくりと頷いた。
「植、といいます」
「植、か。…じゃあ、君のことは“ちぃ”と呼ぼうか」
「はい!」
はつらつと答える、その笑顔はとても愛らしかった。
艶々とした黒い髪を撫でると、日の匂いがした。
その日から、曹鑠は一人ではなくなった。



「仲氏は任あり、其の心は塞に淵し」
「終に温にして且つ恵、其の身を淑く慎む」
すらすらと続ける幼い弟に、曹鑠は目を丸くする。
「そうだよ、よく覚えているね」
「文を読むのは大好きです、詠うことはもっと好き!」
幼い子どもとは思えぬ快活な返答が、利発さをうかがわせる。
「それはとても良いことだよ、ちぃ。沢山の書を読み、沢山の知識を身に着ければ、ゆくゆくお前の強い助けとなるからね」
「はい、兄様」
「ところで、詩経はどこまで覚えたのかな?」
「えーと…えっと…国風は全部です!」
「…全部…!?」
今度こそ、曹鑠は驚いた。

――この子はきっと、天から才能を賜ったんだ。

そう、確信した。
「よく覚えたね」
「兄様とお勉強するので、がんばって覚えました!」
「そうか、それは良い。お前は立派な子だ」
素直な幼子に、曹鑠は目を細めた。
この子の才は、天賦のものだ。
だとすれば、自分はその手ほどきをする役目を与えられたのか。
「兄様、次はどこを詠むのですか?」
尋ねられて、曹鑠は、はっと我に返った。
「ああ、ごめんよ。次は、そうだね……苦手な部分はあるかい?」
問えば、幼い弟はちょっと恥ずかしそうに俯く。
「頌や雅は、まだ覚えてません…」
「そうか、それでは、今日から頌を学ぼう。ちぃは覚えが良いから、すぐに諳んじられるよ」
「はい!」



天よ。
これが――この幼い弟の才を導くことが、私の天命であるなら。
どうか、少しでも長く。
人と触れ合う時を下さい。
「家族」を愛するということ、その喜びを、どうか、少しでも長く
私に、下さい。






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