書架

□夭夭如也
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時々、思う。
天は何のため、己に生を授けたのだろうと。
このまま、弱い光の差し込む一室で生涯を終えるためだけに、生まれたのだろうかと。




夭夭如也



その子は、日の温む午後、いつも内院の軒下に現われた。
そうして、こちらが書を広げる様子や、物を書く様を、じいっと見つめてくる。
構ってほしいのかと思い、手招いたが、そうすると途端、怯えたように肩を震わせ、柱の影へと引っ込んでしまう。
――大人が怖いのかな。
だから、なるべく怖がらせないよう、つとめて、読書に集中することにした。
すると、その子は再び、こちらを興味深そうに見つめるのだった。

そんな不思議な距離を保ち続けた、ある日。
いつものように、書を開いていると、その子はいつもと同じように、こちらを伺っていた。
笑いかけてやると、やはり、ちょっと驚いたような顔をするが、おずおずとこちらを見つめ返してきた。

――こっちに、来てくれないかな。

そう思ったとき。
「子エどの」
横合いから、ぴしゃりと扉が閉められ、その子の姿は遮られた。
蔑むような眼差しで窓のほうを――あの子のいる方向を――見下していた母が、こちらを振り返る。
「嫡男ともあろう人が、庶子と親しくしてはなりません」
その言い方に、曹鑠は、胸がずきりと痛むのを感じた。
聡明で尊敬すべき母が、こと奥向きについては狭量な振る舞いをすることが、曹鑠には悲しかった。
「母上、幼子は自由に遊び歩くもの、そのようにお咎めにならずとも――」
「いけません。家内にも秩序があります、あなたは曹家の嫡子なのですよ?」
「……わかりました…」
母が出て行った後、曹鑠はそっと、扉を開けてみた。
すでに、あの子の姿はない。
とても、寂しく、悲しい気持ちだった。

それから三日間、雨の日が続いた。
しとしと濡れる軒には、誰もやってこなかった。




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