「お父様…少し、お聞きしてもいいでしょうか」 「何だ?」 「畏れ多くも天子様に叛くと、その人は、どうなってしまうのですか?」 「天子様に叛くというのは、人として最も重い罪だ。罪を犯した本人だけでは到底、償いきれるものではない。故に――」 「故に?」 「その三族を斬り、大逆の罪を負わせると共に、百姓への申し開きとする」 三族の定義は、概ね「親」「兄弟」「妻子」とされる。 本人の祖父母あるいは孫、兄弟姉妹の配偶者と子も含まれ、時に妻の一族も連座する。 「罪の係累にない他家に嫁いだ女であれば、慣例として助命する。そのように、仁慈を垂れることも忘れるな」 言ってから、内心で舌打ちした。 正始の変において、父は他姓へ嫁いだ婦人たちをも皆殺しにし、世人から眉をひそめられた。 この聡明な子が、それを知らないはずがない。 (私は、どうにもこの子へ偽りを教えたくないらしい…) それは、あるいは、かつてのような苦い思いを与えるかもしれないけれど。 「お父様?」 不意に沈黙した義父をいぶかしんだか。 澄んだ呼びかけが、司馬師の意識を引き戻した。 「ああ、すまぬ…」 安心させるように、その小さな白い額を撫でてやる。 司馬攸は黒々とした睫を伏せ、ちょっと逡巡してから、また顔を上げる。 「お父様…先ほど、三族を斬る、と仰いました」 「そうだな」 「……もし…」 「もし…?」 「もし、そこに、ぼくと同じ年の子がいても、殺してしまいますか?」 体が硬直した。 それは、抱きしめる幼子にも、はっきりと伝わっただろう。 「なぜ…そんなことを聞く…?」 「お義母様のお家のことを考えていたら」 “おかあさま” それは、健在である羊家のことではあるまい。 この子にとって義母にあたり、三族を殺された家。 それは即ち―― 「婉容……」 この20年、口に上せることのなかった名が、虚空に消える。 よそよそしく冷たい、娘たちの視線を思い出す。 「徽瑜から、聞いたか……」 「いいえ」 小さな頭がふるふると、横に揺れた。 「自分で調べました」 雨音が室内を支配する。 腕に抱いたぬくもりと、背筋に重く被さる冷気。 左目が疼いた。 「軽蔑するか……私を…」 喉に張り付いた問いを引き剥がす。 もう、腕の中に抱くのは幼子だということは、忘れた。 これは、純粋にして無垢なる何か――たとえば、良心――への問いだと思った。 返ってきた答えは。 「悲しいと、思います」 小さな手が、司馬師の腕を抱きしめる。 「どうして、罪のない女の人や、子供や、老いた人まで殺されなければならないのか、私には解りません――まだ…」 まだ、と言った。 取ってつけたような、“まだ”。 それは、自分を抱きしめてくれる父への、そして、今は離れて暮らす父への、いじらしい配慮。 「攸…」 「でも」 「…でも?」 「でも、……仕方、ないのですよね……自分と、その家族と、いろいろな、大事なものを守るためなら……仕方ない……」 小さな丸い肩が震えている。 自分の腕に縋る小さな手も、かたく、力を込めて。 なぜ、この子に、こんなことを言わせてしまったのか。 こんな言葉を聞きたくて、押し付けたくて、問うたのではないのに。 「攸、もういい……すまぬ……」 雨は激しさを増す。 心を冷やすような音に、小さな啜り泣きの音など溶けてしまえばよい、と思った。 了 |