冷たい瞳で曹髦を見つめていた司馬昭は、崩れるかかるように彼を抱きすくめる。 「陛下、私を愛してくれますか」 切なげな声で訴えかけられて、曹髦は驚きのあまり何も言えなかった。 幾度も血に浸された白い腕が、年若い帝王の細腰へ回され、力がこめられた。 かといって、力で随わせようとするものではなく、その象牙の如き、白く、か細く、まだ少年の硬さを残した滑らかな肩に顔をうずめ、抑えがたい愛情に胸の内をかき乱されながら、ただ、愁えつつ溜息するのだった。 選り分けられた絹房のような黒髪は丈なし、しなやかな体の上を、這い流れている。 血を薄紅に刷いた瑞々しい頬には、かの黒髪が触れ、焚き染められた薫香が匂い立つ。 「どうした…。何が、したい…?」 曹髦は上ずった声を出した。 薄い絹を通して感じられる体の感触が、少し気まずい羞恥心を感じさせた。 司馬昭のほうは、大きく息を吐くと、ようやく顔を上げた。 その顔は、幾度見ても、本当に冷たく整っている。 冷たすぎて、その表情を動かすことに畏怖を感じるほどに。 動かせば最後、それが己の命取りになると、本能的に感じさせる恐ろしき美貌。 何より、濡れて鋭い光を放つ、思いつめた目つきが、曹髦へ恐れにも似た警戒を抱かせた。 誰かを粛清するとき、司馬昭は同じように、張り詰めて苦悩した目をする。 だが、今日の彼は、そうした激情をぶつけることなく、曹髦の頬へ触れる。 「抱きしめて…くださいませんか?」 今にも断ち切れそうな“何か”を湛えた瞳に見つめられ、心より先に、手が動いた。 石膏のように白い肌へ手を伸ばし、ぬくもりを持ちながらもどこか冷たく感じられる体を抱きしめた。 だが、その優しい仕草は、悶える激情を秘めた司馬昭を満足させなかった。 「強く、抱いて、……もっと、強く!」 泣いているように取り乱した声で、彼は言った。 その表情は伺えなかったが、普段の余裕を全く失っている彼の態度は、逆に曹髦の心を乱れさせた。 言われるまま、腕に力をこめた。 司馬昭の手が、曹髦の頭を掴んだ。愛おしそうに撫でながら、溜息交じりに呟く。 「陛下、私を愛してください、私を愛して…」 あれほど傲然と、驕慢に、さながら帝王のごとく、駆け引きを弄んでいた司馬昭ではなかった。 まるで、生涯で初めて憐憫や愛情を示された生き物のように、「愛」というものを貪ろうとしている。 だが曹髦は、彼の激しい熱情を受け止める術も、癒す術も知らなかった。 自分の知らない感情に目覚めたとき、言い知れぬ懊悩に苦しむのは、彼も例外ではないらしい。 曹髦は、ただ、司馬昭を抱きしめる腕に力をこめた。 今は、そうすることだけが、彼の激情を受け止められる方法だと思ったのだ。 どれくらいそうしていたのか。 周囲に静謐とした沈黙が盈ちた後、司馬昭はふと、体を離した。 弧を描いた眉の下に、張り詰めた感情が蕩けた後の、黒い瞳が濡れている。 白い腕が、優しく曹髦を羽交い絞めにする。 逃れようとしたときにはもう遅く、司馬昭は少年のか細い体に身を寄せ、ぴったりと肌を付けた。 それだけで、曹髦は身動きが取れなくなった。 婦人のようにうつくしい爪が、黒い紗に包まれた曹髦の腕を撫でる。 まだ男性になりきっていない体は、どこか処女にも似た清潔な硬さを残している。 謀略と隠匿に沈み、権勢でもって名望の糧としてきた司馬昭にとって、その清らかな硬質さは何にも変えがたく愛おしかった。 細い左手が、玄羅の襴衫をたくし上げる。 内腿の、ひときわ白く、柔らかな部分を撫でた時、曹髦の体が大きく震えた。 「嫌っ…!」 身動きの取れない少年は、自由な唇を震わせて叫んだ。 このまま抱かれてしまっては、自分もまた、生きながら朽ちていくことになってしまう。 彼がどんな男か。 忘れてしまえば、みすみす危険に飛び込むようなものだ。 だが、もう遅い。 両腕を封じられた体を押し倒すなど、わけもないこと。 優しく、けれども決して逃れられぬよう、体の重みを掛けて腰から下の自由を抑え込んでしまえば、もう為す術など無い。 「放せ…っ!」 「嫌です」 「放せ、司馬昭!」 もはや字を呼ぶ気すら失せたらしい。怒りのまま放たれた諱を歪んだ微笑で受け流し、もがく玉の体に覆い被さった。 触れる肌全てに伝わる熱。 肌や髪や、肉の感触。 沈んだ微かな香気。 それら全てが、今、自分の手中に在る。 喉を鳴らして、首筋に顔を埋める。 「陛下……いいえ、彦士さま…」 身を硬くしていた曹髦がはっと目を開けば、司馬昭が泣くように笑っていた。 「教えて下さいませ、愛されるとは、どのような気持ちなのですか?」 fin |