書架

□縉絶
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行ってしまう。
あの人は、どんなに追い求めても、決して歩みを止めてはくれぬ。
愛する人は、どれほど呼んでも、決して振り返ってはくれぬのだ。
解っているのだ。
解っているのに。
それでも、鋭く歩む音が途絶え、その鬒髪が揺れて――己を顧みてくれることを。

――私は望んでいるのだ。



「炎兄様」



口に上せてから、はっと唇を閉じた。
だが、もう遅い。


「どうした、大猷」

振り向いたその人は、この上なく優美で、窈窕と佼しい。
優しく問われて、かえって、司馬攸は所在なげにうつむいた。
「困った桃符」
しょんぼりと小さくなる肩へそっと手を置くと、くすり、と曹叡は微笑む。
「私はお前の兄上ではないよ?」
いたずらっぽく笑って抱きしめてやれば、
「申し訳…ありません…」
小さな、泣きそうな声が、耳元で聞こえる。
大丈夫だとでもいうように、抱きしめる腕へ、ほんの少し力を込めた。

若々しい柔らかな黒髪の感触、七章の綵服ごしに伝わる体温。
それらは確かに、曹叡の腕の中にあって、確かに彼のものなのに。

抱きすくめる表情は限りなく穏やかなのに、限りなく寂しい。
それは、曹叡の抱く思いともども、決して司馬攸には見ることのできない表情だった。





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