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□阿嬌一笑
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なめないでちょうだい。
確かに私はお飾りかもしれませんよ。
でもね、私にだって意地もあれば誇りもある。
一度くらい、好き勝手に振舞っても罰は当たりませんよ。
別に、皇室が大事だからどうこうというわけじゃありませんよ。
私は、後宮に没収された身ですから。
それも、自分の与り知らないこと、家族の罪ですらないことで、今までの身分を否定された女です。
どうして大事に思えますか?
そりゃあ、亡き陛下は私を大事にしてくれました。
でも、考えてみてください、私の前の方はどうなりました?
少しばかり陛下をやり込めようとしただけで、殺されてしまったじゃありませんか。
その後釜に座った私です、いつ逆鱗に触れるかと思えば…
面白おかしい暮らしの中でも、ふと我に返ると、いつも首筋にかみそりが触っているような心持でしたよ。
男でも女でも、幸せを極めてしまえば、それがいかに薄く、細く、頼りないか、解ってしまいます。
でも、高いところに上ってしまえば、もう降りる梯子はありません。
だったら、自分で何とかするしかないじゃないですか。

だから、今度ばかりは、頷いてやりませんよ。
あの子達は、頷くのが当然と思っているでしょうね。
どんな顔をするだろう。






阿嬌、笑う







「認めません」
正殿に、はっきりと否定の声が響いた。
居並ぶ群臣たちが瞠目し、声なき動揺の空気が満ちた。
何より、司馬師自身、信じられないといった面持ちで玉座を見据えている。
この期に及んで、まさか皇太后が自分の意を拒否するとは考えもしなかったのだ。
しかし、現実に皇太后は、彼の奏上を却下した。
燕王曹拠を新たな皇帝に推す、という、彼の目論見を。
「しかし、皇太后…これは文武諸官の総意であり…」
「先の廃帝、斉王は、元は任城王の子息でした。これは太廟の祭列では穆です。しかるに、諸卿の推す燕王は太祖のお血筋、やはり穆であり、これでは昭穆の順序にそぐいません。次の皇帝は、昭であられる烈祖に連なる者にすべきです」
司馬師の眉がひくりと動いた。
烈祖に連なる王族といえば、二人しかいない。
東海王曹啓と、その弟である高貴郷公曹髦。
「では、太后はどなたをお選びに…?」
司馬師は硬い声で問うた。
“彼”では困るのだ。

「高貴郷公の曹彦士を」

諦めたように目を閉じた。
「それは…社稷にとって喜ばしいことです」
吐き出すような言葉にも、皇太后は動じなかった。
「そうでしょうとも」





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