なめないでちょうだい。 確かに私はお飾りかもしれませんよ。 でもね、私にだって意地もあれば誇りもある。 一度くらい、好き勝手に振舞っても罰は当たりませんよ。 別に、皇室が大事だからどうこうというわけじゃありませんよ。 私は、後宮に没収された身ですから。 それも、自分の与り知らないこと、家族の罪ですらないことで、今までの身分を否定された女です。 どうして大事に思えますか? そりゃあ、亡き陛下は私を大事にしてくれました。 でも、考えてみてください、私の前の方はどうなりました? 少しばかり陛下をやり込めようとしただけで、殺されてしまったじゃありませんか。 その後釜に座った私です、いつ逆鱗に触れるかと思えば… 面白おかしい暮らしの中でも、ふと我に返ると、いつも首筋にかみそりが触っているような心持でしたよ。 男でも女でも、幸せを極めてしまえば、それがいかに薄く、細く、頼りないか、解ってしまいます。 でも、高いところに上ってしまえば、もう降りる梯子はありません。 だったら、自分で何とかするしかないじゃないですか。 だから、今度ばかりは、頷いてやりませんよ。 あの子達は、頷くのが当然と思っているでしょうね。 どんな顔をするだろう。 阿嬌、笑う 「認めません」 正殿に、はっきりと否定の声が響いた。 居並ぶ群臣たちが瞠目し、声なき動揺の空気が満ちた。 何より、司馬師自身、信じられないといった面持ちで玉座を見据えている。 この期に及んで、まさか皇太后が自分の意を拒否するとは考えもしなかったのだ。 しかし、現実に皇太后は、彼の奏上を却下した。 燕王曹拠を新たな皇帝に推す、という、彼の目論見を。 「しかし、皇太后…これは文武諸官の総意であり…」 「先の廃帝、斉王は、元は任城王の子息でした。これは太廟の祭列では穆です。しかるに、諸卿の推す燕王は太祖のお血筋、やはり穆であり、これでは昭穆の順序にそぐいません。次の皇帝は、昭であられる烈祖に連なる者にすべきです」 司馬師の眉がひくりと動いた。 烈祖に連なる王族といえば、二人しかいない。 東海王曹啓と、その弟である高貴郷公曹髦。 「では、太后はどなたをお選びに…?」 司馬師は硬い声で問うた。 “彼”では困るのだ。 「高貴郷公の曹彦士を」 諦めたように目を閉じた。 「それは…社稷にとって喜ばしいことです」 吐き出すような言葉にも、皇太后は動じなかった。 「そうでしょうとも」 |