「子元」 暗闇に響く、掠れた声。 振り向けば、闇よりも沈んだ瞳で自分を見つめる人。 「どう、なさいました……?」 その暗い目に何もかも見透かされているのを感じながら、司馬師は寝台に横たわる曹叡に魅入られた。 惜しげもなくさらした白い肌、寝台を流れる黒い川。 白璧と黒漆を思わせる体が、あれほど悩ましい熱を持つ。 その妖しく疼く情欲が、司馬師の端正な口元を暗く歪ませた。 ほの暗い微笑を見た曹叡の瞳に、僅かだが、怯えた色が浮かぶ。 しかし、瞬く間に動揺のさざなみは収まり、もとの静かな面に戻る。 その須臾にして微かな表情が、この上もなく司馬師を悦ばせることを、曹叡は知らない。 目を伏せ、視線をそらしながら、曹叡は呟く。 「お前は……私を殺せるか?」 司馬師は寝台へ歩み寄った。 後ろからそっと、物憂げに身を横たえた主のしなやかな体躯を抱き寄せ、囁く。 「あなたが、そうお望みならば」 頬に触れる薫香を帯びた黒髪が、ふるりと震えた。 「私が、命乞いをすれば?」 「それはあなたの矜持が許しますまい」 「では、お前たちが私の死を望むなら?」 ぐっと、抱きしめる腕に力を込めた。 「私はそのようなこと、望みません」 その言葉に、手中の白珠が熱を帯びる。速い鼓動を肌で感じつつ、司馬師は囁き続ける。 「もし、誰かがあなたの死を望んだなら、私があなたの命乞いをします」 腕の中で曹叡が身じろぎ、司馬師のほうへ向き直った。 が、その顔は伏せられ、表情が見えない。見えないまま、細い声だけが聞こえる。 「それを、信じさせてくれるか?」 「元仲様……」 「信じてよいのだな?」 恐らくは涙ぐんでいるのだろう想い人を、包み込むように抱きしめて、頷く。 「ええ」 曹叡の縋るような問いの原因が、自分たち一族にあるだけに切ない。 その一族を信任したのは、他でもない曹叡自身なのだが、それを責めることなど誰にもできまい。 残酷な事情で後ろ盾を失った彼に触れることが許されたのは、司馬家ぐらいのものだったのだから。 この人が味わってきた空虚と孤独を、自分はどれくらい満たしてやれるのだろうか。 「時々、思うことがある」 かすれていながら熱い、奇妙に熱のこもった声で、愛するひとは囁く 「お前に抱かれて、その熱で鑠けることができたら、と」 指が胸元を滑る。 「この血肉の全てが、お前と一つになったなら――」 深い色の瞳は、涙とはまた別の、不思議な潤いを帯びている。 濡れ輝く眼差しを受け止めながら、司馬師は朱色の唇を啄ばんだ。 視線を交わしながら、唇を通して伝わる熱をも共にする。 「私も、思うことがあります」 身に宿る熱を感じながら、司馬師は挑発的な笑みを浮かべる。 「あなたを抱いて、あなたの全てを私で満たせたなら、と……」 |